文学

彼の声

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彼の声 2017.7.19 「文明の目的」

2017/07/20

 文明は人と物との関わりによって生まれ、
そこから物に関する情報が知識として生じ、
知識を活かして物を加工して道具を作り、さ
らに道具を使って機械を製作して、その過程
で道具に関する知識や機械に関する知識が複
合的に組み合わさり、人や物や道具や機械を
総合的に制御するシステムが編み出され、ま
たシステムが動作することによってもたらさ
れる、それらを制御するための情報も文明の
中で知識として蓄積して、そんな知識を人が
社会生活を営む上で役立てていることは確か
だが、傾向としては人の活動を制御しようと
して道具や機械は活用されるわけで、人を道
具や機械が使われる目的に合わせて活動させ、
人はそれを自覚していないかもしれないが、
人が道具や機械を使いながら活動するときに
は、その道具や機械を使うことがまずは目的
となっているのであり、そういう面では人は
道具や機械によって制御されているとも言え
るわけで、それらを使って成し遂げられるこ
とが最終的な目的だとしても、すでにそれは
道具や機械が動作する方向に限定されていて、
それらなしに行為は成し遂げられないわけで、
その過程で道具や機械は人の動作を一定の範
囲内に押し留める役目を果たしていて、道具
や機械がある一定の方向性と範囲内で動作す
る人間を作り出していると言えるだろうか。
もちろんその中でも道具や機械の操作に長け
た人と、操作が苦手な人が生じるだろうし、
それらの取り扱いに長けた人を、それらを使
って目的に導く競争の中で成功に導き、操作
が苦手な人を競争から脱落させるわけで、そ
んな道具や機械を使った競争を成り立たせて
いるのも、その道具や機械が動作する方向に
合わせた目的が生じるからで、それに関して
はまず目的があって、次にその目的に合わせ
た道具や機械が作られると思われがちだが、
いったん道具や機械が作られてそれが広く社
会に普及すると、今度はその道具や機械の動
作に対応し、それに適合しようとするような
人間が生じてくるわけで、そのような人間は
道具や機械を発明した人間や集団とは種類が
異なり、その道具や機械の動作に限定されて
いて、それだけ活動の幅が狭まっていて、そ
れらの操作に関しては専門的に精通している
が、他の面では別に専門家でも何でもないの
は当然なのだろうが、そうやって一つの方向
に特化してしまった人間というのが、社会の
中でどのような影響や作用を及ぼしているの
かはよくわからないところだろうが、たぶん
誰もがそうなってしまったわけでもないだろ
うし、誰もがそうなるべきでもないだろうし、
そこに競争がある限りで、誰もがそうはなれ
ない仕組みとなっていることは確かなのでは
ないか。

 世の中には様々な種類の道具や機械があっ
て、それらの操作に長けた人間もその道具や
機械の種類の数だけ存在していることは確か
で、もちろん人の動作の全てが使っている道
具や機械に依存しているわけではなく、それ
とは別の水準では別の動作があるわけで、ま
た使っている道具や機械も複数あるだろうし、
それらを複合的に組み合わせて他の人とは違
う目的を生じさせることがあるかもしれない
し、そういう意味で専門家と称する人たちも、
自らが専門とする分野だけに動作が特化して
いるわけではないのかもしれず、目的も一つ
だけではなく複数の目的を持ち合わせること
も可能だろうし、そうであるなら専門家が一
つの方向に凝り固まっているような先入観は
捨てるべきかもしれないし、その人が専門と
する職業からその人の特徴や人格を捉えよう
とするのは間違っているのかもしれないが、
社会の中での動作を考えるなら、やはりその
人の専門的な分野での動作に注目しなければ
ならないだろうし、メディア上で話題となる
のももっぱらそういう傾向があり、何らかの
分野で秀でた業績を上げた人が話題となるわ
けで、様々な分野で第一人者として認められ
る人が確かに存在していて、そういう人たち
がメディア上で賞賛を浴びているわけだろう
し、メディアの機能自体がある方面ではそう
いう人たちを話題にして賞賛するシステムに
なっていて、そういう話題に興味を持って注
目する人たちがそういうシステムを支えてい
るわけだが、そのシステム自体の目的が何か
といえば、社会の中でその種の専門分野の存
在を正当化することかもしれず、実際にそう
いう分野があってそれが社会の中である種の
機能を果たしていることを、その種の話題が
情報となって人々に伝わっているわけで、そ
れを伝える意義は何かと言えば、やはりそう
いう分野の存在を正当化することにあるのか
もしれず、別のその情報を得た人たちの全て
がそのことに気づいているわけではないだろ
うが、なぜそんな話題に興味を持つのかとい
えば、そういう分野の存在がメディアによっ
て正当化されているからで、逆にその存在を
否定的に伝えれば、それは世間による否定的
な評価へと繋がるのだろうが、そんな評価の
代表例といえば、ヤクザやギャングや武装テ
ロ集団などが挙げられそうだが、そういう反
社会的な分野であっても、そういう分野を支
える道具や機械や社会的なシステムがあるだ
ろうし、そのような分野に限定された人間の
特徴も自ずから定まってくるだろうし、やは
りそこではそこで使われている道具や機械に
よって、そこで機能する人間の動作も限定さ
れ、道具や機械の操作に長け、そこで作動し
ているシステムに適合して特化した人間が、
その分野で成功することになるだろうか。成
功の次元からいえば、どのような分野であっ
ても組織を束ねる技量というのが物を言い、
その技量に長けた人間が組織の中で指導的な
立場にいる場合が多いわけだが、それもある
意味ではそこで作動しているシステムに適合
していると言えるだろうか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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