文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.7.13 「世界の実態」

2017/07/14

 物と物に関係する情報は人の意識の中で結
びつき、意識の中や意識が媒介する社会の中
で物と人と情報とが関係することになるのだ
ろうが、また情報は物に関する説明を要する
場合や物を記号として扱うことにも繋がるし、
さらに物も人も情報も記号化することもでき
るわけで、それらの関係を定式化するのは困
難が伴いそうで、定まった関係とはいえない
面までありそうで、その場の都合に合わせて
物と人と情報とを結び合わせて、それぞれを
記号として取り扱うこともできるとなると、
それらの関係を理路整然と説明するのは困難
になるだろうか。その中で物としても情報と
しても扱われる貨幣は、売買の時には記号と
して機能するわけで、物の価格を示す記号と
なるわけだが、それ以前に物も人も情報も文
章上では文字記号であり、それらを記号とし
て機能させる時には、それを介して関係する
人々の間では、それを何らかの意味を持った
記号と認めるという共通の了解事項がないと、
記号としては機能しないわけで、結局は人と
人とが関係し合う社会の中でしか記号は機能
せず、その意味を共通の了解事項として認め
合うことによって、初めて社会の中で何らか
の意味を持った記号が機能して、それが機能
する限りにおいて社会の様々な仕組みが円滑
に動作するわけだ。そういうわけで人々が共
通の了解事項として共有している記号という
のは、人と物と情報を結びつける重要な情報
なのであり、記号自体がある種の情報である
のはいうまでもなく、しかも記号の意味も情
報であり、記号そのものが記号自身と記号の
意味という二種類の情報の結合体を成してい
て、その記号そのものとその意味との結合と
いう二重性が、記号を正確には把握しがたい
概念にしていて、しばしば人を記号に関する
誤った理解や単純化した理解に導き、その機
能も充分には説明し難い概念としているのか
もしれず、例えば貨幣は実際に所有している
硬貨や紙幣としては物であり、銀行の口座残
高としては情報でもあり、どちらもが売買の
際に商品と交換できる記号として機能するし、
その記号自身も商品として売買可能であり、
為替取引などでは売買される商品でもあり、
それ以外の通常の取引では売買を媒介する記
号となり、売買される商品にもなるが他の物
や情報の売買を媒介する貨幣という記号にも
なるわけで、もちろん為替取引においては異
なる通貨同士がその場で決まったレートで交
換されることになり、それは物々交換でもあ
り情報同士の交換でもあり記号同士の交換で
もあるわけで、そこでは物と情報と記号を厳
密に区別できなくなってしまうのかもしれず、
説明するのが困難となってしまうだろうか。

 そうであるにしても共通の了解事項として
機能する記号の意味を恣意的に解釈して、そ
れを妥当な解釈として世の中に広めることに
よって、自分や自分の所属する集団を有利に
導こうとする思惑が常に働いているのであり、
例えば自分たちが生産したり所有している商
品の価値を高めようとする試みもその延長上
にあるわけで、価値が高い理由をあれこれと
考案して、それを他の人や集団に信じ込ませ
ることができれば高く売れるわけで、そうや
ってもっともらしい理由をつけてプレミアム
を獲得しようとするわけだが、それが希少で
あるとかそれを所有して消費する人々を有利
に導くような効用が信じられれば、信じた人
人がそれを買おうとするわけで、そういう心
理につけ込んで、買う理由が何であれより多
くの人が買おうとすれば需要が増えて高く売
れ、反対により多くの量を売ろうとすれば供
給が増えて価格が安くなり、安くなっても売
れなければますます安くなってしまうわけだ
が、安くなりすぎると儲けが出なくなるから
供給できなくなるだろうし、また高くなりす
ぎると買えなくなるから需要が減るだろうし、
その辺で商品の適正価格が自然と形成される
かもしれないが、売る方は儲けを出そうとし
て絶えず適正価格より高く売ろうとするだろ
うし、買う方が絶えず適正価格より安く買お
うとするだろうし、結局売買に携わる人や集
団は、絶えず安く買って高く売ろうとするか
ら、それが一応の売買の理論であり理屈でも
あるのだろうが、そのための手法が絶えず考
案され実際に試されているにしても、結局儲
けが出るような価格で売れる商品というのが
必要であることには変わりなく、そのような
価格で売れている商品が存在している限りで
資本主義経済が成り立っていて、そうなって
いること自体に必然的な理由というのがある
かというと、もしかしたらないのかもしれず、
結果から見ればそうなった歴史的な経緯を導
き出せるかもしれないが、ただ結果的にそう
なっているとしか言えないのかもしれないし、
そのこと自体の必然的な理由を求めようとす
ると、理屈の面でも理論の面でも困難を伴い、
たとえ世界の全てが資本主義経済の網で覆わ
れているとしても、少なくとも均一に覆われ
ているわけではなく、網目の細かい地域では
人為的な活動のほとんど全てが資本主義経済
に関係しているかもしれないが、網目の粗い
地域では網をすり抜けてしまう要素も多いの
かもしれず、実際に貧困が蔓延していたり餓
死者が大勢出ているような地域では、資本主
義経済が成り立たない面が顕著に表れている
のだろうし、世界では資本主義経済が成り立
っている部分と成り立っていない部分とが混
在している実態があって、資本主義経済が成
り立っている地域に住んでいる人には、確か
に世界が資本主義経済に覆われているように
感じられるが、部分的にしか成り立っていな
い地域に住んでいる人には、そうは感じられ
ないのかもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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