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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.7.11 「現状認識の妥当性」

2017/07/12

 現状認識に関して妥当だと思われるのは、
とりたてて何がどうなっているわけでもなけ
れば、昨日と今日と明日が連続しているよう
に思われることかもしれず、日々の日常が何
事もなく過ぎ去ってゆけば、とりあえず年は
とるし、それだけ死に近づいてゆくわけだが、
見据えている未来には自分の姿が想像されて
いるのだろうし、そこで自分が生きていて何
かをやっていると思っているのではないか。
そして自分の死後に世界がどうなるかまでは
想像していないだろうか。そういう意味では
生きているうちに何かをやらなければならな
いと思うだろうし、実際に現状の中で何かを
やっているわけだが、そのやっていることに
関して妥当な解釈にはなかなか至らないだろ
うし、客観的には自らが何をやっているのか
を判断するのは難しく、思い込みの中ではや
りたいことをやろうとしているのかもしれな
いが、それをやっているつもりであっても、
たぶんそれを確かめるすべを知らないのでは
ないか。その場の気分でやっているそれが正
しいとも間違っているとも思えるかもしれな
いが、本当にそうであるか否かまでは分から
ず、それは客観的には判断しようのないこと
だろうか。全ては曖昧のうちに推移していて、
決してはっきりした結論が出ることはないだ
ろうし、具体的に何をやっているのかが問題
なのだろうが、ただ言葉を記している程度な
ら、別にたわいない内容であっても構わず、
それも場合によっては記している内容が問題
となることもありそうだが、そこで何が語ら
れていようと、それだけでは現状に対して何
の効果もないのかもしれず、ただそこに言葉
が記されている現状があるに過ぎないだろう
が、その記された言葉の連なりが世の中で何
らかの影響力を持つには、その内容もさるこ
とながら、社会的にしかるべき地位にある人
が、しかるべき役割に応じて言葉を用いれば、
その地位や役割と関係する方面へ影響を及ぼ
すわけで、それもそこで認知されている社会
的な地位や役割が担う権力が及ぶ範囲内で機
能するのかもしれず、だからその権力が及ば
ないところで自由を得ている人たちにとって
は、何でもないことなのかもしれないし、そ
ういう人たちからすれば、単にその内容だけ
から良し悪しの判断ができるかもしれないの
だが、メディアのアナウンス効果などによっ
て、その人の地位や役割から生じる経歴や肩
書きから先入観を植え付けられて、そこから
何らかの信用が生じてしまうのかもしれず、
例えば何らかの分野の専門家による分析や説
明がその内容よりも経歴や肩書きから信じら
れてしまう傾向があるのかもしれない。

 だがそもそも何らかの実績を上げないと、
そのような社会的な地位や役割を担う立場に
は就けないのだろうし、客観的にはその実績
が経歴や肩書きを生み、それが社会的な信用
につながっていくのだろうから、それに付随
して生じる信用が全くの分不相応というのは
あまりないだろうし、その人の経歴や肩書き
で信用するか否かを判断するのもあながち間
違いではないのかもしれないが、たぶんそこ
で注目しなければならないのは、その地位や
役割に応じた言説や発言というのがあるのか
もしれず、その人が自発的に語っているとい
うより、その地位や役割がそれに応じた発言
をするように仕向けている面もあるわけで、
そんなふうに語らざるを得ない立場というの
もわきまえておかなければならないのだろう
し、例えばそんな人たちの発言に反発して批
判したくなることもあるかもしれないが、そ
ういう地位や役割の人たちは、あえて反発や
批判を誘発するような発言をしなければなら
ないような成り行きの中で、発言させられて
いる面もあるのかもしれず、それに関して典
型的な例を挙げるなら、官房長官という肩書
きの人物は、絶えずその手の反発や批判にさ
らされるような発言をしているのかもしれず、
身内を庇うような官僚的な答弁に終始して、
内閣に向けた反発や批判を一身に引き受けな
ければならない立場であって、公式的にはそ
こから逸脱するようなことは一切言わないだ
ろうし、そうなるとその発言の内容は、その
人物の個人的な趣向で発言しているのではあ
り得ず、その地位や役割がそんな発言をさせ
ているわけだが、だからと言って発言内容の
責任はその人物にあるわけだから、批判する
ならその人を名指して批判するしかないだろ
うし、その地位や役割に免じて許されるわけ
でもなく、ややもするとその人の陰険な役回
りがその人固有の性格に帰されてしまうきら
いがあり、その地位や役割がそうさせている
ことを忘れてしまいがちになるだろうが、一
方でそういう面での批判もジャーナリズム的
な批判のあり方というのもあるのかもしれず、
そこでもジャーナリストという地位や役割に
応じた批判という面で、それに固有な内容や
傾向もありそうで、こういう場面ではこれこ
れこういう批判をしなければならないという
決まりがあるわけでもないのだが、そこで捉
えておかなければならないのは、官房長官的
な発言や答弁に対して、ジャーナリスト的な
批判をしていると感じられるようなら、ある
いは野党的な批判というのもあるだろうし、
そういう〜的な発言や言説を差し引いて、そ
の内容自体に注目しなければならないという
ことになりそうで、現状認識の妥当性という
のは、そういう面からも正確に捉えられるか
もしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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