文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.7.8 「分析と管理」

2017/07/09

 現状が何ら特別な状況ではなく、ありふれ
た日々の中で過ぎ去ってゆく時間を、特に記
憶にとどめておく必要がなければ、その時間
帯の中で体験する出来事に取り立てて思い入
れなど湧いてこないだろうが、そうやってた
だ漫然とその日をやり過ごしているだけなら、
生きていることに何の感慨も抱けないだろう
し、無気力な心理状態にとどまっているだけ
かもしれないが、人は必要に迫られないと積
極的に活動しようとはしないのかもしれず、
そしてその必要というのがどれほど切実に感
じられるにしても、必ずしもそれが優先され
るとは限らず、枝葉末節のどうでもいい些細
なことに思いの外手間取ってしまって、なか
なかやらなければならないと思っていること
にまで手が回らないという事態も、結構あり
がちな成り行きなのかもしれず、それが容易
にやれることならすぐやってしまおうとする
だろうが、その反対にやろうとしてもなかな
かできないような困難を伴う行為になると、
いくらやらなければならないと思っていても、
そう簡単には取り掛かるわけにはいかないだ
ろうし、たとえ必要に迫られているとしても、
それが困難を極めるような行為ならやろうと
してもできない可能性もあり、実際できない
ままに終わってしまえば、結局は必要なのに
できなかったことになるわけで、そのやろう
とすることに失敗する体験というのが、思っ
ていることと実際の活動との間に齟齬感をも
たらして、そんな思い通りにいかない状況が、
自らが現実の世界に生きていることを改めて
実感させられるかもしれないが、たぶん貴重
な体験というのはそういうことを言うのかも
しれず、真摯な態度で受け止めなければなら
ないのは、成功した体験よりはむしろ失敗し
て挫折した体験になるのかもしれないし、も
しかしたら常に挫折し続けるべきなのかもし
れず、思い上がりや勘違いに至らないために
も、失敗し続ける日々とともに生きてゆかな
ければならないのかもしれないが、それを失
敗とみなすことさえも、少しニュアンスがず
れているのかもしれず、ただ現実と格闘して
いるのであり、格闘し続ける限りはうまくい
かないことの連続であり、うまくいったと思
うこと自体が、現実から目を背けている限り
でそう思われるのかもしれず、途中の様々な
試行錯誤や紆余曲折を経た上でも、もたらさ
れた結果を肯定したければ、うまくいったと
思い込みたいだろうし、うまくいかない部分
から目を背けているだけかもしれないが、現
状で改善の余地があると思われれば、少なく
ともその部分に関してはうまくいっていない
わけで、そこで妥協を強いられているのかも
しれない。

 そんなわけでありのままの現実と真摯に向
き合うには、それが思い通りにいかない体験
であることを認めなければならないだろうか。
そう言う意味で人が試行錯誤の果てにかろう
じて作り出すものは、そのほとんどは偶然と
失敗の賜物であり、未だ確固とした形を成さ
ないものがほとんどなのかもしれず、作る側
から崩れていくようなものでしかないのかも
しれないが、いくら徒労に徒労を重ねても形
を成さないままかもしれないし、どんなに苦
労しても満足のいくものが得られなければ、
確かにそれは紛れもない失敗作でしかないだ
ろうが、中途半端に妥協して成功を装うより
は、失敗したままである方が下手なまやかし
がない分信用できるのかもしれず、そうした
失敗作に取り囲まれながら人は生きていて、
がらくたに埋もれながら日々を過ごしている
と、この世界にはまがい物しか存在しないか
のように思ってしまいがちになるかもしれな
いが、全ての事物は完成することがないから
そう思われるのかもしれず、全ては生成途上
の段階にあり、完成を見ることなく放棄され
たものがほとんどで、しかも放棄されたらす
ぐに風化や劣化などの侵食作用を被って、磨
耗していってしまう運命なのではないか。そ
れでも制作を一区切りつける上で一般的には
それは完成物だとみなされるわけだが、完成
していても放棄されずに絶えず修繕が施され
るわけで、修繕の度にその形や仕様が微妙な
変更を伴い、完成物として不動の姿を見せる
ことはなく、材質や形態によって程度の差こ
そあるものの、それが自然から形成されるも
のであっても人為的に構成されるものであっ
ても、事物は絶えず変化し続け、決してその
変化が停止することなく、そこに及ぼされる
作用によって動的に変動し続けるわけで、そ
の運動を人の意志が思い通りに止めたり動か
したりすることができるように思われている
うちは、実際にそれを制御しようと試みるわ
けだが、たぶん人為的に制御できる部分は限
られていて、人自身が自らが制御しようとす
る装置に部品として組み込まれているわけだ
から、部品として動作する部分以外は制御で
きるはずもなく、自然現象とも地続きで結び
ついているそのような装置全体から見れば、
人が把握して管理できる範囲はそのごく一部
分に過ぎないのだろうが、だからと言って管
理を放棄するわけにはいかないだろうし、絶
えず管理に失敗して破綻し続けているとして
も、どこで失敗したのかを把握するためにも
分析し続ける必要があり、そうやって絶えず
分析を試みることが管理の本質なのかもしれ
ないが、いくら分析してみても、今のところ
は全体としてその装置がいったい何を目的と
してどのように動作しているかを把握するに
は至っていないのではないか。果たして装置
とは何なのか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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