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彼の声

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彼の声 2017.7.4 「勘が告げていること」

2017/07/04

 どのような状況であっても意識して行動で
きるかというと、必ずしもそういうわけでは
なく、たぶん行動に目的を担わせようとする
ときだけ意志を発動させ、それ以外では意識
せずに自動的に動いているだけかもしれない
し、そこで生じている何らかの成り行きに沿
って行動していて、そこから身を引き剥がす
のに意志の力を必要とするわけで、例えばそ
の場の感情に流されずに計画的に行動しよう
するときに、意志の力が発現することになる
のではないか。そしてなぜ事前の計画に沿っ
て行動しようとするのかと言えば、その方が
合理的に思われるからだろうし、そうやって
自らの行動につじつまを合わせて活動の整合
性を保とうとしているのかもしれず、そこに
理性が働いているように見せかけたいから、
合理的な行動を促されるわけで、見せかけた
いだけでなく、実際に何らかの効果を狙って
いる場合があるだろうし、その効果によって
利益を得られたり、あるいは世間の一般常識
から逸脱してしまうのを免れたりして、それ
を自分にとっても周囲の人々にとっても、理
解可能な行動の範囲内に収めようとして、そ
んな理由から理性を働かせようとするわけで、
それに失敗しておかしな行動や言動がその場
で発現してしまうと、何か自分で自分を制御
できていないような印象を周囲に与え、例え
ば意志の力が弱く激しやすい性格だと思われ
たり、あるいは周囲の人間が全く理解不能な
行動や言動が頻発するようであれば、単に精
神に異常をきたしていると思われたりもする
だろうが、そういう意味で社会の中で生活し
ていると、自然と世間の一般常識の範囲内で
活動するように仕向けられるのだろうし、そ
のように活動している限りは、周囲の人間も
安心してその人に接していられるだろうし、
自分たちと共通の規範を守っているように思
われるから、互いの同胞意識も芽生えてくる
のではないか。その反対に周囲と何かが違っ
ていることは、警戒心を抱かせるだろうし、
それが人種や民族や宗教や性的嗜好などの面
で、明らかな違いが認められるようなら、場
合によっては周囲から差別や迫害を受けるこ
とにもなるだろうが、それに対して理性を働
かせようとする意志が生じるだろうし、たと
え規範の相違に起因する生活習慣や嗜好の違
いが顕著に現れていても、仕事や趣味や政治
的な主義主張など面で共通の利害関係を共有
できれば、そこから協力関係を築ける可能性
が出てくるだろうし、それらを通してお互い
の違いを尊重し合った方がうまくいく成り行
きになれば、そうする方が合理的だと考えら
れ、感情的には受け入れ難い違いを合理的に
許容しようとする作用が生じて、そのような
作用が社会の中で普及すれば、そこで社会変
革が起こったように思われるだろうが、現状
を考えればすべての違いを合理的に許容でき
る状況にはないだろうし、そういう成り行き
にもなっていないのではないか。

 そうした方が合理的だと思われることの全
てが正しいわけでもないだろうし、合理的な
やり方が一つであるはずもなく、社会には様
様な合理性が混在していて、それらが互いに
矛盾し合い対立するような状況というも想像
できるかもしれないし、実際にそこで何かを
巡って争われているような状況があれば、争
っている双方に争いをもたらすような合理的
な理由が生じているのかもしれず、それを第
三者的な立場から判断してどちらが正しくて
どちらが間違っているとは言えない場合もあ
るだろうし、そう判断しなければならない合
理的な理由があれば、争っている双方の行動
や言動の正しさを合理性からでは判断できな
くなってしまいそうで、逆にそこで争うこと
の合理的な正しさが証明されてしまう場合も
あるだろうし、都合のいい時だけそうするこ
との合理的な理由を持ち出してきても、そこ
に揉め事が起こっている場合は、合理的な解
決方法を求めても決して良い方向へは行かな
いのかもしれず、むしろ非合理的な勘に頼っ
て判断した方がうまくいく場合もありそうだ
が、時として勘は意志の力を超えて発動する
場合があり、合理的な判断からは明らかに間
違っているようでも、勘がその間違ったこと
をやれと告げているようなら、なぜかそれを
やってしまい、結果的にそれがうまくいけば、
たぶんそこに働いている何らかの作用を合理
的な思考が見逃していて、意識外の勘がそれ
を感じ取ったから、そこで意識を超えた行為
が発動したと考えられるのかもしれず、そう
いう意味で一見そうする方が合理的に思われ
るような場合でも、何かそこに引っかかりを
感じるようなら、考え直してみた方が無難な
場合もあるだろうし、考え直す余裕がなけれ
ば勘でやってしまうこともあるだろうし、た
とえそれが勘違いで取り返しのつかない過ち
を犯してしまったとしても、そこで過ちを犯
すことが必然的な成り行きのように思われる
場合さえあり、そこでは確かに間違っている
としても、あえて過ちを犯して遠回りしてみ
ないと、その先へは進めない場合もあるのか
もしれず、正しいと思うようなことばかりや
っていないで、躓いて転んで痛い目に遭わな
いとわからないことがありそうで、そうでな
くともその場の状況を意識が完全に把握でき
るわけもないのだから、何をやるにしても試
行錯誤はつきもので、どのようなやり方が合
理的に思われようと、それでうまくいく保証
はないのかもしれず、うまくいったところで
たかが知れていて、結果的にうまくいけばそ
れで満足しなければならないだろうし、満足
したらそれでおしまいということになれば、
もうそれ以上はあり得なくなってしまうし、
逆にうまく行かなければさらに試行錯誤が続
くことになるだろうが、試行錯誤を続けてい
くうちに、当初には思いもよらなかったよう
なことがわかるかも知れないし、そうやって
意識は絶えず思いがけない体験を求めていて、
意識の外へと思考する対象を探しに行こうと
しているのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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