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彼の声 2017.5.26 「合理的な虚構」

2017/05/26

 世の中は必ずしも合理的にできているわけ
ではないが、人は絶えず合理的に物事を考え
ようとする。何事も合理的に語らないと話に
説得力が生じないし、説得力のないことを語
っても信じてもらえないだろうが、語ってい
る対象は終始合理的な成り行きで推移してい
るわけではなく、途中で思いがけない紆余曲
折が起こるわけで、そんな合理的でない成り
行きを合理的な理屈を用いて語ろうとすれば、
当然のことながらそれは虚構となるしかなく、
そんなわけで説得力のある話はフィクション
となるしかないだろうか。全てがそうだとは
言えないだろうし、現実を合理的に説明しよ
うとしてそれで納得できれば、別に虚構であ
っても信じてもらえなくても構わないだろう
し、説明している当人がありのままの現実を
語れる範囲内で語っているように思われるな
ら、それほど間違っているとは思われないだ
ろうし、話術の類いでそこに多少の嘘が含ま
れていようと、それで納得できるのなら気に
ならないだろうし、そもそもその程度の嘘に
は気づかなくても構わないわけだ。そうであ
ってもそこに含まれている嘘には説得力があ
り、逆に話に含まれていない真実の方が説得
力がないのではないか。だから真実に気づけ
ないというわけではないだろうが、それは隠
されているわけではなく、そこにあって実際
に誰もが気づいていることなのかもしれない
し、それが真実だからこそ誰からも興味を持
たれないのかもしれず、その反対に誰もが興
味を持つような内容こそが虚構なのであり、
それが興味深いフィクションを構成するから
こそ、誰もがそこに惹きつけられてしまうの
ではないか。例えば熱心なイスラム教徒はイ
スラム教というフィクションに惹きつけられ
てしまうし、熱心なキリスト教徒はキリスト
教というフィクションに惹きつけられるし、
熱心なナショナリストは国家というフィクシ
ョンに惹きつけられ、熱心な人道主義者は人
間というフィクションに惹きつけられるだろ
うか。

 ならば実際にそこで生じている真実とは何
なのか。例えば実態として食料の生産と流通
がうまくいかないような地域では、実際に飢
餓に襲われて多数の餓死者が出るし、争いが
激化している地域では戦闘行為によって多数
の死傷者が出るし、そこではフィクションよ
りも現実の方が顕在化している実態があるわ
けで、とりあえずは衣食住が足りている現実
がないと、社会という虚構が成り立たなくな
り、実際にそこで何らかの不条理があれば合
理的な説明など信じてもらえないだろうし、
飢餓や貧困や戦争という現実が平和という虚
構に勝ることになるわけだが、実際にそれら
の悲惨な現実に蹂躙されて混乱に陥った社会
の中でも、最後の神頼みのごとくに信じられ
ている宗教があるかもしれず、そこで信じら
れている宗教にはどんな合理的な根拠がある
だろうか。例えば敵と味方を見分けるには異
なる宗派が必要であり、同じ宗派に属してい
るのが味方で、別の宗派に属しているのが敵
だとすると、そのような宗派間対立には、そ
のような対立が合理的なフィクションだと思
われる限りで、人々はそんな構図を信じてい
るのだろうか。もちろんそれが嘘ではなく真
実だと思うから信じているのだろうが、そん
な中で唯一信じられるのは、同じ規範を共有
していることであり、宗派の戒律から導かれ
る規範の違いによって敵と味方に区別される
ことになるわけで、同じ宗派内での規範の共
有から意思疎通が図られて、そこから信頼関
係や連携のネットワークが築かれ、そうする
ことが合理的なやり方だと思われるだろうか。
要するに同じ価値観を共有していないと話が
通じないし、共通の掟の下で協力し合えない
ということであり、同じ価値観や掟を守るこ
とによって同質の集団が形成され、そんな集
団が一つの地域の方々で複数生じていれば、
異なる複数の集団の間で戦争や交易が行われ
る成り行きとなるのだろうか。

 しかしそんな説明が合理的なフィクション
だとすれば、ではそれとは異なる合理的でな
い真実とは何なのか。必ずしも宗派間対立が
事の全てではないということか。他に企業間
対立もあるだろうし、国家間対立もあるだろ
うし、地域間対立まであるかもしれないし、
対立が戦争に発展しない場合もありそうで、
対立そのものが表面化しない場合まであるだ
ろうか。宗派間対立が経済的な利害に直結し
ている場合は、政治的な利害にも直結してい
るだろうし、特定の宗派に属する人々が国家
の主導権を握っていれば、別の宗派に属する
人々は反体制派を形成しているのかもしれず、
それが武装闘争を伴った反政府活動に発展す
れば内戦となるだろうが、宗派とは別の価値
観が優勢な社会では、必ずしも特定の宗派だ
けで集団が形成されるとは限らず、例えばあ
やふやな主義主張を共有することで集団が形
成されることもありうるわけで、はっきりし
た価値観の共有がなくても、何となく集団が
形成されている場合もありそうで、異なる集
団の間での主義主張の違いが部外者にはよく
わからない場合もあるだろうし、明確な区別
がつかないような集団が複数混在しているよ
うな場合は、集団同士の対立や争いもそれほ
ど激化せずに、血なまぐさい対立抗争などに
は発展しなくても済んでしまう場合まである
だろうし、人々が集団間の差異を際立たせる
のにあまり熱心になれないような状況がある
なら、激しく対立する理由など生まれないの
だろうし、そうなるにはまずは社会全体で衣
食住が足りている状態が保たれていることが、
その最低条件になるかもしれず、次いで極端
な貧富の格差や、特定の階層や集団への政治
的な優遇措置がないことも、無用な対立を避
けるには必要な前提条件かもしれないが、も
しかしたらそれさえも合理的なフィクション
なのかもしれず、優遇されている特定の階層
や集団にとってそれは、無用どころか有用な
対立であり、場合によっては飢餓や貧困や戦
争という現実でさえも、そこから利益が得ら
れる限りにおいて、有用なのかもしれない。
それが不条理な真実となるだろうか。
 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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