文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2017.5.25 「期待と願望」

2017/05/25

 予言には期待が込められていて、そうなり
たいという願望が人を予言に導くのだろうか。
自分がそうなりたいのではなく、世の中がそ
うなってほしいということだろうが、そうで
ある限りにおいて、そんな願望をもたらして
いる原因が他にありそうだが、一方で予言を
信じてしまう人も、予言通りの未来が訪れる
ことを期待しているだろうし、そんな願望が
予言を信じさせているわけだ。そんなわけで
人々の期待や願望が予言となって現れている
ことは確かで、たとえ荒唐無稽な内容だと思
われても、そこに人々の期待や願望が込めら
れていれば、予言を信じてしまう人が少なか
らず出てくるだろうか。例えば人々を苦しめ
ている社会問題がやがて解決してほしいと誰
もが願っているのなら、そんな願望を反映し
た予言がもたらされることになるかもしれな
いし、これもよくあることだが、いつも手を
替え品を替えて予言される破滅的な未来も、
それも一つの解決には違いないから、そんな
未来を予言する人が後を絶たないのだろうし、
現状では解決が難しい問題が山積しているか
ら、それらを人知を超えた力でリセットする
ような予言へと逃避しているのかもしれず、
予言の内容が荒唐無稽であるほど、そこには
現状からの逃避願望が反映されていることに
なるだろうか。社会の中で生きていることに
ストレスを感じている人が多いから、破滅的
な未来がやってくるように思われるのかもし
れないし、そんな予言も流行しているのだと
すれば、世の中の現状が予言に反映している
とも言えるわけだが、それでも前世紀末の一
時期ほどには流行っていないだろうし、そん
な終末予言を信じて核シェルターを買ったり、
世の中に絶望して集団自殺を試みるような人
も、いることはいるのだろうが、誰もがそう
したいとは思っていないだろうし、そんなこ
とをやっている暇がない人が世の中の大半を
占めている現状はあるのだろう。

 普通に考えるなら、それを期待しているの
ではなく、そうなる不安感に苛まれていると
も言えるのだろうが、期待と不安は近い感情
なのだろうし、両者が入り混じっていて、ど
ちらともとれるような心理状態にあるのかも
しれず、否定的な期待が不安とでも言えるの
かもしれないが、そこから期待と不安の入り
混じった予言へと逃避するのではなく、願望
を実現すべく努力すべきと言ってしまうと、
大方の人はすでにそうしているのだろうし、
努力しているからこそ期待や不安が生じて、
努力しきれない面で予言に頼ろうとする、と
いうよりは気まぐれに気晴らしで信じてみる、
というか信じたふりをしてみると言った程度
のことかもしれないし、本気で信じている人
はごく一部で、それ以外でやっていることが
本気でやっていることであり、そっちがメイ
ンなのだろうから、予言を信じると言っても、
普段はそれとは無関係なことをやっている人
が大半であり、予言を信じることで生じる効
用があろうとなかろうと、そんなことよりは
るかに大きな効用を信じて別のことをやって
いるわけで、そんな効用をもたらすと信じら
れていることなど世の中にはいくらでもあり
そうだが、そうである限りにおいて、人々は
その種の予言からは一定の距離を置き、そこ
から適当に遠ざかっているわけだろうが、で
は他にメインで何をやっているのかといえば、
少なくとも現状を分析しているのだろうし、
分析しながら行動しているわけで、現状で存
在するこの世界を知ろうとしているのではな
いか。それが現状で努力していることのすべ
てだろうか。それを努力とは言わないのかも
しれず、ただ対処しているのであり、常に対
応を迫られていて、それだけで手一杯だとす
れば、他にやることなどなく、やっている余
裕などないだろうし、安易で荒唐無稽な予言
などに引っかかっている場合ではないだろう
か。

 逆に考えれば、荒唐無稽な予言を信じる余
裕のある人が多いと、その種の予言が流行る
のだろうか。だがそれとともに、現状では何
の希望も持てないから、終末予言を信じるし
かないということもありうるのではないか。
そのどちらもありうるとすれば、これもよく
言われることだが、人々の間には経済格差や
資産格差があって、暇を持て余している裕福
な人は、予言を信じてホテルのような設備の
整った豪華な核シェルターを購入する一方で、
やることなすことうまくいかずに絶望した人
たちは、世界が終末を迎える前に集団自殺を
試みたりするわけか。自殺する余裕もない人
たちは、ただ死後の来世を夢見るしかないの
かもしれないし、若い頃はまだ現世での努力
に望みを託すが、年老いて後先が短くなって
きたことを実感すれば、来世に救いを求める
ようにもなるのかもしれず、予言を信じる時
期や状況にも、人によって様々な偏差があっ
て、結局は現に今おかれている立場や状況の
中で、本気で予言を信じるような気分となっ
たり、気休め程度に信じたふりをしてみたり、
そんなことを気にする余裕もなかったりする
のだろうし、それも現状への対応の一環に含
まれる動作なのかもしれず、予言を信じたり
信じなかったりすることだけで、一概に何が
言えるわけでもなく、とりあえず現状を分析
してみると、なぜ人が予言を信じたり信じな
かったりするのかについて、もっともらしい
理由を導き出せたり出せなかったするわけで、
予言を信じるか信じないかということ以前に、
現状がどうなっているのかについて考えてみ
る必要がありそうで、そんな思考から現状で
何ができるかがわかってくるかもしれないし、
今やっていることをこのまま続けていくこと
の是非についても、何らかの判断が導き出さ
れてくるかもしないが、それにしても未来へ
の期待や願望なしで、何をやる気にもなれな
いのではないか。 

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。