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この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.5.18 「認識のずれ」

2017/05/18

 どんなことでもやろうと思えばできるわけ
でもなく、実際にやってみると思っていたこ
ととはまるで違い、やっているうちにやる前
に思っていたことなどは吹き飛んでしまい、
何か全く違うことをやっている感覚にとらわ
れてしまうのは、よくあることかもしれない
が、そういう意味でも何事もやってみなけれ
ばわからず、たとえ思い通りに行かなくても、
やってみた分だけそれが新たな経験となるの
だろうのだろうし、またそんな実践の経験か
ら世の中の物事に対する認識も新たになって、
そんなことを繰り返しながらも、次第にもと
いた地点から遠ざかろうとしているのかもし
れない。それと気づかずに同じようなことを
延々と繰り返している状況もなくはないが、
そうであってもそれに気づく気づかないに関
係なく、たぶんどこかへと向かっているのだ
ろうし、そのどこかというのが死を迎える地
点であろうと、そこへと向かわないわけには
行かない宿命にあるのだろうか。そんなふう
に思うのも、勝手な幻想のうちで思っている
ことなのだろうし、別にどこへも向かってい
なくても構わないわけだが、どこかへと向か
っているような気になっているうちは、まだ
この世界について新たな認識を得られる可能
性があると思いたいが、それも思いたいだけ
で、結局何も認識を得られなくても、とりあ
えずはそれについて思考して、そんな思考と
ともに何かをやっている現実があるわけで、
その中でとりたてて何を目指しているのでは
ないにしても、何かに導かれて今ある地点か
ら遠ざかりながら、どこかへと向かっている
と思ってみても、それほど思い違いをしてい
るわけでもないのではないか。

 そうであるにしても、現状に対する認識は
絶えず修正を迫られているのかもしれず、い
つまでも同じ認識を頑なに保持しようとする
から、現状から意識がずれてしまうわけで、
ずれた感覚のまま現状について思考しようと
するから、現状に対して有効な行動が取れな
くなってしまうのかもしれず、そうなるとや
っていることがうまく行かなくなってしまう
のだろうか。要するに現状への対応に失敗し
ていることになるわけだろうが、現状に対し
て認識がずれていなくても、必ず成功すると
は限らないのだろうし、成功するか失敗する
という結果自体も、その程度にもよるから、
それだけでどうこう言えるようなことでもな
いのかもしれず、それも認識であり判断でし
かないわけだから、それを重視するような成
り行きの中では、失敗することが致命的な事
態を引き起こすこともあるのだろうが、逆に
なまじ成功したばかりに、さらなる致命的な
事態を引き起こすこともありうるわけで、例
えば宝くじに当たって分不相応な大金をせし
めたばかりに、その大金をだまし取られたり、
短期間で使い果たして浪費癖が治らずに逆に
借金まみれとなったり、中には犯罪に巻き込
まれて殺されたりするケースまであるらしい
から、そんな極端な事態がそうそう起こるわ
けでもないのだろうが、何かを行なってそれ
に成功するにしても失敗するにしても、その
程度に応じて何らかの変化が起こるわけで、
そんな変化を見逃さないことが肝心で、変化
に合わせて認識も絶えず新たにしておく必要
がありそうで、それが勘違いであろうと思い
違いであろうと、その場の状況に合わせて認
識も変えていった方が、状況の変化を敏感に
感じ取ることができるかもしれないし、変化
への対応もそれなりにやっている気にはなれ
るのではないか。

 たぶん認識は絶えず間違っているのかもし
れず、思い込みや勘違いが蓄積されてもっと
もらしい認識が形成されていて、それがずれ
た固定観念に結びついている場合があり、そ
んなわけで現状に対して的外れなことを指摘
したり、大外れな予想をしても何とも思わな
かったり、たまたま巡り合わせが悪かっただ
けで、どんなにやっていることが的外れであ
っても、そう考える信念は揺ぎなかったりす
るわけで、そんなことを平気でやっている人
があまりにも多いから、何か世の中がおかし
くなっているとも思えてくるのかもしれない
が、そんな実感も勘違いかもしれないし、要
するに人が思っていたり考えていることから
は大幅にずれながら、世の中が動いているの
かもしれないわけで、だからいつも思いもし
ない事態に遭遇してしまうのだろうし、思い
がけない事態に直面してたじろぎ、事の推移
に為すすべもなく、あっけにとられてただ傍
観するしかなくなってしまうのかもしれず、
そういう意味でも自らの認識をあまり信用し
ない方がいいのだろうし、たぶんその十中八
九は間違っていて、間違っているからこそ絶
えず新たな認識を必要としていて、それが必
要だとは思わなければ、もうその時点で時代
遅れなのかもしれず、別に時代から取り残さ
れても生きていける現状があるのなら、引退
生活を送れるだけの資産的な余裕があるとい
うことなのかもしれないし、生きていけなけ
れば必死になって何かをやろうとするだろう
し、何かをやっているつもりでいる限りは、
その自覚がなくても絶えす認識を新たにして
いるのではないか。そして現状が変化する限
りは認識も変えていかないとならないだろう
し、いつまでも後生大事に保持している固定
観念に囚われて、何やらずれたことを思考し
ながら、勘違いなことをやっていると、それ
でも何とかなっていれば、それは何でもない
ことなのだろうが、案外周りの人間はそれに
気づいていて、しかもそれに気づいていても、
それをあからさまに指摘してしまうと気まず
いことになってしまうから、できる限りそん
な事態を避けようとして、何かの弾みでそれ
となくほのめかすこともあるにはあるが、普
段は気づかないふりをしながら、うまく調子
を合わせているのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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