文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.5.8 「知への意志」

2017/05/09

 そこに納得できるような理屈があるのだろ
うか。何にも増して人は知への欲望に支配さ
れているのか。それが知りたいわけだ。利益
を顧みずに知りたいと欲していて、時には自
らの命と引き換えにしてまでも知への欲求を
優先させる。そこに理屈があるわけではない。
時には達成感を味わいたいばかりに、人はエ
ベレストの頂上を目指して命を落とす。頂上
に立った時の気持ちを知りたいわけか。その
体験を知りたい。たぶん屁理屈からそう思っ
ているではないはずだ。欲望が知ることを求
めているのだろうか。それは快楽の類いでは
ないのか。性的欲望も知的欲望の一種だろう
か。そうなった時の己を知りたい。では自己
顕示欲はどうなのか。何よりも自己が優先さ
れている状態を体験したい。その真っ只中で
の自分を知ること。それを求めているのだろ
うか。何らかの偉業を達成したい。例えば憲
法を改正したい。これまで誰も成し遂げたこ
とがないことをやってみたい。世紀の大発見
が自らによって成し遂げられたら、それが科
学の分野で成し遂げられたら、その人はノー
ベル賞でももらえるのではないか。その場合
の欲望は発見することに結びつくだろうか。
社会的に価値の高いものを見つけたら、たぶ
ん利益にも結びつくのではないか。知ること
が利益に結びついたら、自己顕示欲も自尊心
も満足させられる。真理を知りたい。この世
界の真の姿を知りたい。ことの真相を知りた
い。それが知的好奇心だろうか。だが何でも
かんでも欲望を知に結びつけるのはこじつけ
にしかならないのではないか。理屈ではない
のだからそうであっても構わないか。

 たまたまそうなってしまったと思えるなら、
それは偶然の巡り合わせだと思えば済んでし
まうことかもしれないが、それが必然的な成
り行きだと思うなら、そうなってしまう理由
を考えなければならないだろうし、それにつ
いて語る必然性も生じてくるだろうか。理屈
を語れば話に説得力が増すのではないか。そ
んな成り行きを生じさせる理屈を知りたいわ
けだ。偶然の巡り合わせだけでは納得しがた
いのなら、当然そこに必然的な巡り合わせを
想定して、それを知ることによって想定を確
定に変えて、疑問を解消したいし、そうなる
法則を導き出せたら、知的好奇心を満足させ
られるのではないか。知への意志はそんな好
奇心によって支えられているはずだ。自己満
足を得るために必要な利益よりも先に、それ
を知りたいという好奇心が生じていて、そん
な意志が他の何よりも優先されているのでは
ないか。だがすべての欲望を知に還元するこ
とができるだろうか。欲求の何でもかんでも
が最終的にはそれが知りたいとなるわけか。
そう語ることもできそうだが、それとは違う
語り方もできるのではないか。そこには様々
な欲望が絡み合っていて、それらの一つ一つ
が知に結びついていると言えるだろうか。還
元するのではなく結びついていると考えれば、
より説得力が増して納得できるだろうか。し
かしそこに生じている理屈はどうなっている
のか。なぜ人はそれが知りたいのか。例えば
人としてではなく動物として考えれば、性欲
とともに食欲も重要な欲望となるだろう。食
欲と知との関係はどうなっているのだろうか。

 性欲も食欲も知的好奇心よりは根源的な欲
求だろうか。生きたいという自己保存本能は
どうなのか。だがその逆の死にたいという欲
求もあるのではないか。それらの本能に結び
ついた欲求の他に、知りたいという欲求が生
じているのだろうか。それが他の動物よりは
人により強く現れている欲望だろうか。しか
しどんな欲望が強すぎると死をも恐れずそれ
を求めるわけだから、すべての欲望は死に結
びついているのではないか。だが生きたいと
欲することが死に結びつくだろうか。だから
すべてを根源的な一つの欲望に結びつけるの
ではなく、そこでは様々な欲望がその場その
時の状況や事情に応じて、複雑に絡み合って
いるのだろう。そこに一定の優先順位が前も
って設定されているのではなく、状況に応じ
て結びつきが様々に変化するわけだ。そして
場合によっては相反する欲望が結びつくこと
もあるのかもしれず、生きたいという欲望が
死にたいという欲望に結びつけば、自殺とい
う行為をもたらすこともあるのではないか。
時の経過とともに自らの存在や意識が変わら
ないうちに、自らを殺すことで自らの変化を
食い止めようとしているわけだ。それは自己
顕示欲の究極の表れだろうか。そうである場
合もあるのかもしれないが、根本的には謎な
のかもしれず、一概にそうとも言い切れない
ところもあるのかもしれない。そして何にも
増して人が知的欲望に支配されているという
のも、一概には言えないのかもしれないが、
場合によっては知的欲望が最優先されるよう
な成り行きもあるのだろうし、その場に生じ
ている戦略的な利害より知的欲求が優先され
るようなことがあるとすれば、そこに知への
意志が現れていて、真理を求める心が他の欲
望に打ち勝ったことを示しているのではない
か。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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