文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2017.5.6 「搾取の論理」

2017/05/07

 人々が喜んで搾取を受け入れているとすれ
ば、それと引き換えに何らかの見返りがもた
らされているのだろうか。たぶん何に気づい
ているわけでもない。それが当然のことなの
だろうし、搾取は否定的なことではないらし
い。働くのは心地よい快感が伴い、働かずに
娯楽を享受するのは苦痛だろうか。世の中の
役に立っていないように見える人々は攻撃さ
れる。役に立つとは働いて子供を育てて、社
会の継続に貢献していることを意味するだろ
う。それが社会の中で守られるべき規範とな
っているのではないか。搾取とは何を意味す
るのか。働かされて消費させられて企業を儲
けさせて国家に税金を納めている実態がそれ
だろうか。果たしてそれをやらないなんてあ
り得るだろうか。企業収益や国家財政が悪化
しているのは、人々が節約しているからで、
それと自覚しないまま搾取から逃れようとし
ているのではないか。働き手が足りなくなっ
ているのもそれだろうか。人々は搾取に気づ
いていないが、その態度や行動は搾取に逆ら
っているのではないか。それに対して企業の
側でも広告宣伝によって消費を促し、富を吐
き出させようとしていて、国家の側でも共謀
罪の制定などにより体制の締めつけを強化す
る一方で、オリンピックや博覧会などのイベ
ントを開催することで、消費を促しているわ
けか。しかしそれが搾取といえるだろうか。
ならばそれとは別の面で、人々の活動によっ
て作り出される物や情報を所有することが、
実際に生産している人々とは異なる人や団体
によって所有されている実態が、生産者から
物や情報を奪っていることになるだろうか。
それに見合った報酬を受け取っていて、そこ
で等価交換が成り立っていれば、それは搾取
とは言えないのではないか。しかし等価交換
とは何なのか。所有権のある人や団体に利潤
があれば等価交換ではないわけか。

 資本主義経済の継続には未来に投資するた
めの資本が必要で、利潤から資本が生まれる
のではないか。それとも他から資金を借りて
くれば、それが資本として利用可能となるの
だろうか。そして借りた資金には利息がつき
もので、利子を払わなければならないから、
少なくともその分だけ利益を出さなければな
らなくなり、その利益の分だけ生産者も消費
者も搾取されていることになるのだろうか。
しかしそれが搾取といえるだろうか。ならば
それとはさらに違う面で、富裕層などの特定
の階級に属している人たちが、一般の人たち
より贅沢に暮らしているとすれば、贅沢に暮
らしている分だけ、一般の人たちから搾取し
ていることになるだろうか。全ての人たちが
平等に暮らせるわけではなく、うまく立ち回
れる人やたまたまそれに成功した人たちが、
贅沢に暮らせる権利を獲得した結果が、貧富
の格差となって顕在化しているのではないか。
人より多くのあるいは高価な物や情報を所有
できて消費する人たちに、他の人たちが搾取
されているといえるだろうか。たぶん直接あ
からさまに富を奪っているとは見えないのだ
から、搾取されているとは思えないし、過酷
な競争を勝ち抜いて成功するのはほんの一握
りしかいないのだから、それだけでも人より
多くの富を獲得する権利があると思われるだ
ろうし、そのおかげでその人の家族や近親者
も豊かさを享受しているなら、家族や一族が
一丸となって協力したからということになり、
それももっともなことだと思われるのではな
いか。そうだからと言って搾取を肯定するわ
けにはいかないだろうが、人や団体が競い合
い連携し合う中で、自己や自分の所属する団
体を有利に導くことが、戦略的に価値の高い
行為であるわけだから、その結果としてより
多くの富を獲得する人や団体がある一方で、
反対に貧困にあえいでいる人や団体もあるわ
けだ。 

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。