文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.4.29 「出来事」

2017/04/30

 現状に対する否定的な感情は、現状に逆ら
って物事を考えているからそう思われるのか
もしれないが、そう考えてしまう成り行きが
容易には受け入れ難い認識をもたらしていて、
何か皮肉を込めて現状を肯定するにしても、
決して思い通りにはいかない成り行きだから
こそ、それに対する否定的な感情をもたらし
ているのだろうか。要するに現状に不満を抱
いているということだろうが、不満を抱きな
がらも何かを行なっていることは確かで、そ
の行いが思い通りにはいかず、思い通りの結
果をもたらせないのだろうし、そこに不快感
をもたらす何かがあると思われるのかもしれ
ないが、実際には何もないのかもしれず、不
快な何かがあると思いたいだけで、どうあっ
てもいちゃもんをつけたい感情にとらわれて
いるとしたら、現に進行しつつある成り行き
に対して別の成り行きを思い描いていて、思
い描いている成り行きになっていないことが、
現状に対する不満をもたらしていることは確
かなのだろうが、それが偶然の巡り合わせに
よってもたらされていると思っても、あるい
は必然的な成り行きに思われようと、そうな
っていることに関して、外部から何か良から
ぬ恣意的な作用が及ぼされているように思わ
れるから、それに対して反発を覚えたり、そ
んな作用を及ぼしていると思われる人や集団
を批判したがるのだろうが、そうなってしま
う成り行きの中でそれらの人や集団にしても、
それとは別の人や集団が及ぼしている相互作
用の中で、そんな作用を及ぼしていることに
なるのかもしれず、そこから特定の人や集団
による特定の作用だけを抜き出して、それだ
け批判するというのは何か公平でないように
も思われてしまうわけだが、それを批判して
いる人の認識の中では、その人によって特定
された人や集団による特定の作用だけが目立
ってしまうわけで、それを特定してしまうこ
と自体がその人の感情がそうさせるのだろう
し、批判している人や集団に対して否定的な
感情を抱いているわけで、なぜそれらを特別
扱いして否定したいのかといえば、それらの
人や集団のやっていることが気に入らないか
らだろうし、自らの主義主張や心情とは相容
れないことをやっているからなのだろうが、
そこにそれらの人や団体との対立点や争点が
あると思われてしまうとことが、現状がもた
らしている結果であり、その人にとっては否
定的な感情をもたらすような結果を感じ取っ
ているわけだ。

 実際にそうなっていると思われることがそ
こでの結果であり、それがそこでその人が感
じ取った出来事なのだろうが、その人の意識
の中ではそんな出来事が起こっていると思わ
れようと、別の人が感じ取っている出来事は、
そこからずれた地点や時点で起こっているの
かもしれず、両者にとっては必ずしもそれが
共通の出来事として起こっていることにはな
らないのかもしれないのだが、同じ時間経過
の中で同じ成り行きの中に身を置いていると
思っても、両者の間に意思疎通があって共通
の了解事項を確かめ合わない限りは、同じ出
来事を共有することは困難だろうし、同じ地
点と同じ時点と同じ角度と同じ傾向の思惑か
らそれを体験できれば、同じ結果を共有する
ことができるかもしれないが、実際にはそん
なことはあり得ないわけだから、両者の間で
は感覚の相違があるのが当然だろうが、それ
でもたぶん幻想は共有することができるよう
に思われるだろうし、それが共同幻想なのか
もしれないが、それをもたらしているのがメ
ディアであることは確かだろうし、メディア
を通じて同じ地点と同じ時点と同じ角度と同
じ思惑から、同じ出来事がもたらされるなら、
その出来事を体験している感覚を各人が共有
しているように思われるはずだが、その共通
体験というのが各人が持っている差異を無視
しているから、そこからの隔たりを感じさせ
るわけで、隔たりが大きいほど疎外感をもた
らしていて、自らの感覚から離れていること
が不快感を抱かせるのだろうし、別にメディ
アの方では同じ価値観を人々に向かって押し
付けているわけではないにしても、同じ傾向
の主義主張などを同じ角度から同じ感覚で伝
えようとしているなら、それとは相容れない
主義主張の持ち主がいるとすれば、そういう
傾向の報道に対して否定的な感情を抱くかも
しれないが、だからと言ってメディア自体の
特性がそうであるなら、それをやめるわけに
はいかないだろうし、別にそれはそれでそう
いうもんだと思えばいいことでしかなく、そ
れに対して否定的な感情を抱くとしても、そ
れを無理に修正しようとしたり矯正する必要
はないわけで、不快感を抱くなら勝手に抱い
ていればいいことでしかないわけだが、不快
には思わない人にとっては何でもないことで
しかなく、しかも何とも思わない人にとって
は、それを出来事として意識していないわけ
だから、そこでは何も起こっていないことに
なってしまうのではないか。要するにあるに
人にとってはそれは出来事として感知される
が、別の人にとってはそこでは何も起こって
いないことになってしまうわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
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