文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.4.15 「何でもないこと」

2017/04/16

とりたてて何もない日々を送っていると、
平和な世の中を実感していることになるのかも知れず、
それで済んでしまうなら何もやることはないわけだが、
他に何もないわけがないのだろうし、
何かあるから不満を抱いていることは確かなのだろうが、
その何かというのが何であろうと、
それが何らかの活動の動機をもたらしているとも思われ、
何かをやっていることが
不満を解消するためにやっていることになるとしても、
それをいちいち自覚しているわけではなく、
あまりはっきりとは意識せずに日々何かをやっていることは確かで、
その意識しないでやっていることの積み重なりが、
無意識の厚みを形成していて、
それを意識しようとしても無意識にやっていることが作用して、
それが意識の中で複雑に絡み合って縺れているから、
なかなか把握できずに、
自分が何をやりたいのか
自分ではわかっていない面があるのかも知れず、
あるいは自分がやりたいことと
実際にやっていることが一致しなかったり、
そこに微妙なずれが生じていてりして、
やりたくてやっていることが
心身にストレスを生じさせているのかも知れず、
そこでやっていることが
不満を解消するためにやっていると思ってみても、
本当にそうなのかはわからないし、
そう考えるとつじつまが合うような気がするだけで、
実際のところは
なぜそんなことをやっているのかと自らに問うてみても、
たとえ導き出した答えに満足しても、
それを信用して納得しようと、
信じられずに疑念の中に留まろうと、
そうすることに大した意味も意義も感じられないのなら、
そのままで構わないのかも知れず、
自らに問う限りはそれ以上を求めるのは無理なのかも知れないし、
それよりも自らの力の及ばない外部からの作用によって、
自分のやっていることが
規制されたり制御されている面の方が大きいのだろうし、
それに加えてさらに無意識にやっている部分もあるわけだから、
意識しているやっていることは、
自らの活動のほんの一部分にすぎず、
それだけが全てではないのはもちろんのこと、
それ以外の部分にしても、
重要であるとかそうでないとかは一概には言えず、
そんなふうにして自らに問うていること自体も、
なぜ問うているのかを考えるだけ無駄なのかも知れないが、
とりあえずそこに疑念が生じていることは確かなようだ。

そしてあやふやにしか考えられないことをいくら考えても、
それ以上の明晰な答えなど得られないのは
わかりきったことかも知れないが、
それを何かに結びつけようとしているのかも知れないし、
そうやって未知の何かと何かを結びつけて、
何らかの新たな認識を得ようとしているのかも知れないが、
そんな認識から何が導き出されるのかと言えば、
それを言葉にすれば文章が導き出されるのだろうし、
そんな文章を読んで
自らの現状に対する理解を新たにしたいのかも知れないが、
結局は何を理解したいのかわかるようなことでもなく、
相変わらず辻褄が合っているような
いないようなことしかわからないだろうし、
無意識の領域はいつまでたっても
理解を超えた迷宮のままにとどまるのかも知れないが、
それに加えて外部から
自らを制御しようとする作用もあるわけだから、
それらに対する無知をどうすることもできないのも
わかりきったことかも知れないし、
それ以上の模索は断念すべきかも知れないが、
言葉を記す行為がそれ以上を求めてしまうわけで、
それを自己に問うことによって、
記述の継続を相対的に長引かせることができるのだろうか。
そんな継続ではいくら長引かせたところで、
納得のいくような答えなど導き出せはしないし、
やればやるだけ徒労感に苛まれることにもなりそうだが、
やる以上はそれなりに言葉を費やして、
一定の区切りがつくまではやり続ける必要があるのかも知れず、
それは誰にとって必要というよりは
文章にとって必要なことなのだろうし、
文章によって示されていることが読む対象となっているのだから、
そこには一定の長さの言葉の連なりが必要となってくるわけで、
それが文章自体の存在条件としてそこに示されているのではないか。
そしてそれを記している自らにとっては、
自らの外部に文章が存在しているのであり、
そんな文章を存在させるために
自らが言葉を記していることになるとすれば、
文章の存在という外部が自らを操って記述させていて、
それが自らを制御していることにもなるわけだが、
一方でそれだけ自らの生の時間を浪費させているわけだから、
自らの他の活動をも規制しているわけで、
ある意味では文章を記す時間が
日々の生活を律していることにもなり、
そんな活動にとらわれながら暮らしていて、
そこに心身が拘束されてしまっている面もありそうなのだが、
そんな新たに生じた自覚が自らの無意識にどのように作用しようと、
意識にとっては何でもないことかも知れない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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