文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.3.28 「疑問」

2017/03/29

人が普通に生きているということは、
それなりに様々な事情を抱えながら生きているわけだが、
その人を社会の中に拘束している諸々の事情というのが、
社会の中で生じている役割とともにその人を生かしているわけで、
具体的には家族関係や交友関係や仕事関係などの社会的な関係が、
その人に社会の中で何らかの役割をもたらしていて、
結局その人が抱え込んでいる諸々の事情とは、
その役割を生じさせている様々な社会的な関係から生じているわけで、
そこに何らかの不都合が生じているなら、
その人がとらわれている社会的な関係を変える以外に
手はなさそうに思えるが、
いったんとらわれてそれなりに安定してしまった諸々の関係を、
断ち切るのは容易なことではないだろうし、
普通は我慢できる程度の不都合なら、
関係を断ち切ってしまうことで生じるリスクを恐れて、
それなりに安定していて
その中で生かされている関係を優先させるだろうし、
大半の人たちは様々な不都合や不満を抱えながらも、
少々のことには目をつぶって
妥協せざるを得ない状態の中で生きていて、
そんな事情がある以上は、
そうやって何とか保っている安定を、
外部からの作用によってぶち壊されたくはないだろうし、
それが政治や経済などの公的な次元から
もたらされることは望んでいないのはもちろんのこと、
そういう次元で危機感を持っているようなら、
やはり現状を維持するような安定を
望んでしまう成り行きとなるだろうか。

個人を取り巻く私的な事情と、
国家的な政治や経済から生じている事情とは、
普通は次元の異なる問題であるように思われがちだが、
メディアを通して人々の自己意識が形成されている状況があるとすれば、
すべての事情が同一次元で生じている問題であるかのように
錯覚してしまう可能性があるかも知れず、
それに関して身の回りを直接規定している社会的な関係と、
国政レベルや地方自治体レベルでの社会的な関係が、
どのようにつながっているのかを考えると、
政治家や官僚やメディア関係者などと、
直接の家族関係や交友関係や仕事関係がない限りは、
あるいは市民運動などに参加して抗議活動などをしていない限りは、
マスメディアを介した間接的な関係しか意識できないかも知れないが、
それが選挙を通じて自分たちの代表者を
国政や地方自治の場へ送り込んでいる感覚があると、
さすがに私的な問題を
政治によって解決してほしいとまでは思わないにしても、
曲がりなりにも自分たちが選んだ代表者なのだから、
自分たちのために働いてくれるのが当然だとは思うだろうし、
選挙で選ばれた代表者にとっての公私混同は
非難されるべきであるとしても、
選んだ人たちにとっての公私混同となると、
公と私との区別をどうやってつけるのか、
その基準がよくわからないだろうし、
人それぞれに別々の事情を抱えているとすれば、
では代表者はそれらのうちのどの問題を優先して取り組むべきなのか、
あるいはそうではなく、
国政なら国の問題を、
地方自治なら地方の問題に取り組めばいいだけなのか、
そうであるなら何のために人々は代表者を選んだのか、
ということが何やらこんがらがってきそうに思えるのだが、
またそれに関して国政や地方自治と住民との社会的な関係を、
もっともらしく説明するようなメディア関係者を
果たして信用できるのか、
ということまで含めて疑念が湧いてきそうに思われるとすれば、
それが民主主義という政治形態における
解消しがたい疑問となるのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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