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彼の声

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彼の声 2017.3.26 「多数意見」

2017/03/27

現実の世界で誰かが何かをやったことと、
フィクションの中で架空の誰かが何かをやったことを、
一緒に論じるのはおかしいことかも知れないが、
例えば小説の中に実在する人物を登場させたり、
実際に起こった出来事を物語るのは、
史実を恣意的に解釈したい意図がありそうで、
意図としては恣意的な解釈を信じさせたいのだろうが、
それが小説などの架空の物語ではなく、
ノンフィクションと呼ばれるジャンルとなると、
虚構ではないことを売りにしているわけだから、
現実に起こった出来事を恣意的ではなく、
客観的に解釈したい意図があるのだろうし、
しかもそれを物語るのだから、
物語る以上は物語る必要があって物語るのであり、
物語ることによって人々に訴えかけたい何かがあるわけで、
その何かが意図的な何かになるのだろうが、
一見フィクションの恣意性とノンフィクションの客観性が、
両者の違いを際立てそうだが、
ノンフィクションの客観性というのが、
客観的に見せかけようとする意図があるようにも思われ、
要するに意図的に恣意性を装うのがフィクションであり、
意図的に客観性を装うのがノンフィクションなのかも知れず、
虚構性を全面的に押し出しているのがフィクションであって、
現実性を全面的に押し出しているのがノンフィクションだと捉えて、
その意図的な装いを無視すれば、
たぶん両者の違いはそれほどないのかも知れず、
人々に訴えかけて人々に何かをわからせたい、
という動機や意図があることは確かだろうし、
またそんな動機や意図を超えて、
現実の世界が作者というフィルターを通して、
その抽出物を人々の前に提示しているわけだが、
ニュースなどの報道はノンフィクションから物語的な要素を抑えて、
さらに客観的な現実を直接提示しようとしていて、
人々に事実をそのまま見せているように装っているわけで、
報道している内容が虚構ではなく事実であることを、
信じてもらいたいのだろうが、
それでもそこには意図的な構成があって、
何を見せて何を見せないかの選択も介在しているわけだから、
そのようなものを提示する製作者の動機や意図は、
フィクションやノンフィクションの作者と変わらないのではないか。

製作者と言っても大勢の人たちが組織的にやっていることだから、
組織としての集団の動機や意図が構成されているのだろうが、
そのような集団が人々に見せる提示物が、
何を訴えかけているのかといえば、
それは様々なことであり、
多種多様なことなのだろうが、
そこから何が見えてくるのかといえば、
世の中の利害調整に携わる立場から主張する
様々な発言者の姿かも知れず、
簡単にいえば世の中の機能そのものが見えていて、
そこで発言する人たちが発言する権利を有していて、
なぜ権利があるのかといえば、
その人が何かを代表する立場を
占めているような場合が多いのかも知れず、
具体的に利益団体の代表者であればわかりやすいのだろうが、
実際に何らかの役職に就いていなくても、
そこでたまたま発言する機会を得たただの一般人であっても、
あたかも市民の代表者であるかのような役回りを演じさせられて、
それを見させられる人々も、
市民の多数意見や常識的な反応としてはこんなものだろう、
という先入観に基づいて認識してしまうわけで、
実際に見せる側も
一般市民の多数意見や常識的な反応はこんなものだろう、
という意見や反応を選んで提示している可能性もあるだろうし、
代表する意見や反応として不適切に思われるようなら、
バッシングの対象になってしまうわけで、
そこで報道する側とそれを受け取る側との、
暗黙の了解が前提されているわけではないのだろうが、
報道によって見せられる光景や語られる内容には、
それが世の中を代表する光景であったり、
代表する意見であるように思わせる意図が構成されていて、
それに対して誰もが関心を示さなければならないかのような
善意の連帯が前提となっていたのが、
これまでのマスメディア的な共通認識であったかも知れないが、
これがネットメディアになってくると、
ある程度は個人の好みに応じて
受け取る情報も偏向している可能性が生じているのかも知れず、
それも相対的なもので、
ネット上のどのニュースメディアを見ても
同じような話題しか取り扱っていなければ、
大差ないのかも知れないが、
果たして人々が共通の話題にとらわれていないと、
世の中が成り立たなくなるのかというと、
ある程度はそうかも知れないが、
すべてがそうである必要もないのかも知れず、
そういうところで今後必ずしも共通の話題を必要としないような
顕著な傾向が出てくるようなら、
世の中の多数意見という概念も薄れてきて、
そこから政治の面でも国家形態の面でも
変化する可能性が出てくるかも知れない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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