文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.2.27 「装置と資源」

2017/02/28

世の中になくてはならないものは、
今現にあるものなのかも知れないが、
少なくともそれに依存している人にとっては
なくてはならないものだろうし、
依存していない人にとっては、
なくても構わないと思われるものなど、
いくらでもありそうに思えるかも知れないが、
そこにある事物がなぜ存在しているのかといえば、
その事物に関係してそこに存在させている人たちがいるから、
そこに存在していることになるわけで、
そんな存在理由の他に何があるわけでもないようにも思えるのだが、
そういう事物があると不都合だからなくそうとしても、
簡単になくなるわけではないし、
その事物に関係してそれを支えている人たちがいる限りは、
そのような人たちの抵抗や妨害にあって、
なかなかなくならないだろうし、
行政が強引に権力を行使してなくしてしまえば、
それを支えていた人たちと行政との関係がこじれてしまい、
政治的にも社会的にも悪影響が及ぶ可能性もありそうだが、
これまでもそうやって様々な事物をなくして、
それに代わってまた新たな事物をこしらえて、
その事物と人との新しい関係を
築いてきた経緯があることは確かだろうし、
またなくしてほしい事物はなくならず、
逆になくしてほしくない事物はなくなってしまうと、
どちらにしてもその事物の取り扱いが社会問題化して、
メディア上での批判や反対運動などが起こることもあるだろうし、
その事物が人々との間に公共的なつながりがあるものほど、
社会的な関心も高くなる傾向がありそうだ。

そんな事物が人を拘束して人が事物に依存する関係は、
これから先も恒常的に続いて行くのだろうし、
人の活動を支えるような事物を人が作り出しているのだろうが、
まずは人がそれを作り出すにしても、
いったん作り出された事物は人の活動を規制して、
人そのものを管理するような性質を帯びるのかも知れず、
世の中で何らかの制御システムが稼動中なら、
当然そこで人も物も情報も制御されているのだろうし、
事物の中でそれらの役割や動作が調整されているようなら、
その事物は何らかの装置であるだろうし、
何かを生産し流通し消費するような装置だとすれば、
そのような装置が集まったものが社会なのかも知れず、
そういう視点から社会を見れば、
人も物も情報も生産ー流通ー消費のサイクルの中で
ぐるぐる回っているだけで、
何の目的もないようにしか見えないのかも知れないが、
ぐるぐる回っているサイクルの途中で蓄積が起こっているわけで、
資産価値のあるものを蓄積することが目的化したのが、
資本主義経済の特徴であり、
それを蓄積するために生産し、
蓄積するために流通し、
蓄積するために消費するわけで、
人や物や情報も資産を蓄積するために活用されているのだが、
そもそも何のために蓄積するのかが、
わかっているようで本当のところはわかっていないのかも知れず、
安易に人の欲望や幻想を叶えるために蓄積しているといえば、
その通りなのかも知れないが、
それにしては蓄積しすぎている人が数多くいるわけで、
根本的なところではやはり蓄積するために蓄積しているのであり、
人によっては肯定的なもっともらしい理由を述べるだろうが、
資本主義と呼ばれる装置は資産を蓄積する機能があり、
人も物も情報も資産を作り出すのに使われる資源でしかなさそうだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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