文学

彼の声

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彼の声 2017.2.9 「優先事項」

2017/02/10

普通に考えて経済的な利害以外で、
あるいは自らの欲望を充足させようとすること以外で、
何か納得がいくような振る舞いができるだろうか。
そうでないなら納得がいかないなりにも、
その場の状況に合わせて振る舞うしかなければ、
それを強いられている自らを許せるだろうか。
別に許せなくても強いられているのだから、
そう振る舞うしかない場合もあるだろうし、
そうやって絶えず自らの意志に反したことをやらされれば、
ストレスが溜まって寿命が縮んでしまうだろうか。
病気になろうが過労死しようが、
その場でそれなりに機能している限りで、
人には利用価値があるのだろうし、
集団内で組織的に労働していれば、
そこで駆動している何らかの装置に
組み込まれていることにもなるだろうが、
一方でそんな状況にとらわれながらも自己を制御しようとして、
また強いられた動作に対する心理的な葛藤に苦しみながらも、
正気を保とうとしているのかも知れず、
そういう面で心理的にも肉体的にも調整しながら動いていて、
何とかその場を切り抜けようとしているわけで、
また実際に切り抜けられているから、
そこでの役割を果たしている現実があるわけだが、
当然そんな現実の中では、
単純な経済的な利害や欲望の充足などでは
割り切れない振る舞いを強いられていて、
周囲から及ぼされる複合的な作用の絡み合いに対応しようとして、
実際には対応しきれていない面もあるのだろうが、
結果的に切り抜けられているから今があることは確かで、
切り抜けられなければそこで死んでいるかも知れない。

個人のレベルで出現している状況はそんなところなのかも知れないが、
集団のレベルでは組織的な動作があって、
その集団を維持するための組織的な機能や役割分担に合わせて、
要所要所に個人を配置して、
組織的に連動しながら集団全体で動いているわけだろうが、
集団内の個人がどこまで組織的な動作に耐えられるかも、
課せられた役割の性質と担当する個人の能力や、
そこに絡む他の役割を担う他の個人との兼ね合いが影響してくるだろうし、
組織内で個人が労働力として機能している状況は、
そこで個人が何をやっているというよりは、
組織的な動作に合わせて何をやらせられているかが、
普通に集団のレベルでの行為であり、
個人の意識の中ではその場の状況に合わせて振る舞っているわけで、
そこでうまく振る舞っているつもりなら、
自らの行為に納得するかも知れないが、
そこでは自分の経済的な利害や欲望の充足よりも、
集団の利害や目的が優先されていることは確かで、
集団内の個人も集団から恩恵を受けている限りは、
集団の利害や目的が優先されていることにも納得するだろうし、
そのことで取り立てておかしいところはないだろうが、
もしかしたらそれが集団に依存した集団内での行為であっても、
またそれが法律に照らし合わせて判断するような価値基準とは別に、
自己自身への配慮を伴う上で、
自分が納得するような動作を優先させるような機会に
直面することがあるだろうか。
たとえそれが集団の利害にも目的にも合致せず、
世の中の一般常識や社会の慣習の類いからも
逸脱するような行為だとしても、
自己への配慮を優先させるには、
そうせざるを得ないことがあるとすれば、
何よりも優先させてそれをやるべきだろうか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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