文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2017.2.1 「歴史的な傾向」

2017/02/02

現実の世界で起こっていることは、
人為的には社会の各方面から何らかの作用が及ぼされて、
それに付随する様々な思惑が絡み合って起こっているのだろうが、
それをまた人為的に制御するとなると、
法整備して法律の基準に照らし合わせて、
法に触れる分には、
行政や警察権力が取り締まる場合もあるだろうし、
合法的な範囲内では関係する人や団体の間で協議が行われて、
起こっている出来事に対して影響を被って分には、
各人の利害が調整されて、
影響の度合いに応じて何らかの配分が行われて、
そうやって関係者や関係団体を納得させる方向で、
収拾が図られることもあるだろうか。
そんな過程や手続きの中で、
人の意図や思惑を超えて及ぼされているのが、
歴史的な成り行きから生じている傾向なのだろうが、
そのような傾向には人も団体も従うしかなく、
その意図や思惑もそのような傾向に沿う形で構成されていて、
しかもその傾向というのが、
社会の中で対立する立場の両方を成り立たせている傾向でもあり、
人や団体も当然のことのように、
そのような対立のどちらか一方に与して、
自分たちの立場を磐石にするために対立を煽って、
他の人や団体に向かって、
どちらか一方に与するように二者択一を迫る傾向にあるだろうか。

そんな対立を介して何らかの価値を生み出す手法が、
その価値を守ろうとする勢力と価値に逆らう勢力を生み出していて、
両者の間の対立という現実ももたらしているわけだが、
何が原因で何が結果というわけではなく、
対立によって対立する価値が形成されるとともに、
対立する勢力が生まれるわけだから、
価値も勢力も対立とともに、
対立を体現する形で生み出されるわけで、
要するにそこに対立という現象が起こっているだけで、
それ以外の何が起こっているわけでもないのだが、
ことによると対立そのものは本質的な問題ではないのかも知れず、
案外枝葉末節な部分で対立していて、
その問題への対処の仕方を巡って対立していたりして、
対立しているどちらの勢力が優勢になろうと、
どちらの勢力のやり方が採用されようと、
結果は大して違わない場合がほとんどなのかも知れない。

たぶんそういう表面的な対立によって、
押し進められていることがあって、
政治的には絶え間ない国家化と言えるような作用であり、
経済的には絶え間ない資本の蓄積なのだろうが、
国家化というのは国民を管理することであり、
国家にとって都合の良い国民にするための方法を模索し、
それを行政機関を通じて絶えず実践的に試みることが、
国民を管理することになるのだろうが、
管理には監視がつきまとうし、
国民に対して規律を課して守らせ、
守らない国民は処罰することにもなるのだろうが、
どのような国民が国家にとって都合の良い国民であるかについて、
まずは対立が生じるだろうし、
また国家にとって都合の良い国民にする方法や、
そのために必要な国民の管理方法についても
対立が生じているだろうが、
そういうところで対立していて、
実際にそのような対立を煽っている勢力に共通する認識は、
まずは国家ありきであり、
国家の存在が何よりも必要不可欠であり、
そのような大前提の上で対立しているわけで、
どちらの勢力が優勢になろうと、
どちらが政治的な主導権を握ろうと
国家化に寄与しようとしていることに変わりなく、
国家の役に立とうとして政治に参加しているわけで、
そのような傾向に沿うように行動しているのではないか。 

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。