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彼の声 2017.1.28 「煽動の目的」

2017/01/29

人心を誘導するための煽動は、
誘導して行った先にある目的への共感を求めているのかも知れないが、
それとともに煽動すること自体も目的ではあるわけだから、
煽動によって強調される物事の歪曲にもつながるのかも知れず、
対象への恣意的なねじ曲げが煽動によってもたらされているとすれば、
煽動の目的自体が対象への恣意的なねじ曲げにあるのだろうか。
それを強調することとねじ曲げることは違うだろうが、
事物とそれを言表する言葉の関係が、
強調する言表とねじ曲げる言表とでは、
そこへと人心を誘導しようとする意志を伴っている点では、
同じような傾向を示しているのかも知れず、
その事物に対する強調の仕方が、
何か悪意を感じさせるような表現が含まれていれば、
事実をねじ曲げているように感じられるだろうし、
そのねじ曲げ方が怒りの感情を誘発させようとしていたり、
欲望を抱かせるように仕向けられていたら、
それが煽動の目的であり、
誰にもそんな意図がわかるような煽動なら、
直接的で正直な煽動でしかないわけだが、
中には意図がわかりかねる煽動もあるだろうし、
さらに誰もそれが煽動だとは気づかないまま、
結果的には誰もがまんまと煽動に乗せられて、
そこで生じている暗黙の命令に従わせられているような事態が、
もっとも厄介なのかも知れず、
しかもそういう煽動のやり方が
世論を動かすにはもっとも有効かも知れないのだが、
果たして誰にも気づかれないような煽動に気づけるだろうか。
気づけないからこそ効力を発揮するのだとすれば、
ちょっとやそっとでは気づきようがないだろうし、
それを煽動だとは容易には認識できないのなら、
対処のしようもないだろうが、
世の中で話題となっていて、
そこに何かしら政治的な思惑が潜んでいて、
しかもそれが一見もっともらしい筋の通った主張であり、
世のほとんどの人が納得できるような内容で、
その話題に勢いづけられて、
何らかの政治的な行為が
成し遂げられるような結果がもたらされたら、
やはりそこに何らかの煽動が介在していたように思われても
不思議ではなさそうで、
もしかしたら政権交代のような出来事には、
そのような煽動が必要不可欠なのかも知れず、
これまでもこれからも、
事前の予想を覆すような政変があれば、
そのような政変を成し遂げようと企む思惑には、
悪意のあるなしに関わらず、
民衆を味方につけるための煽動行為が含まれているのかも知れない。

一般的に言って煽動には、
煽動する大義名分と、
煽動したいという思惑とその対象を結びつける
比喩表現がつきものなのかも知れず、
大義名分として煽動を正当化する上で、
その正義の言説に何らかの比喩表現が含まれていれば、
その比喩から連想される事物が、
煽動の対象であり目的でもあるわけだが、
あえてそれをわかりにくくすれば、
人はそこで考えるかも知れず、
煽動の目的の一つが、
それに興味を持った人々に、
そこで立ち止まって考えてもらうことだとすれば、
多くの人がそれについて考えて議論でも交わすようなら、
半ば煽動が成功していることにもなるだろうが、
ではなぜ回りくどい比喩表現まで使って、
あえて主張をわかりにくくするのかといえば、
できるだけ長い間そこで立ち止まってほしいわけで、
いつまでもそのことについて考え続けることによって、
人心を煽動に引き込んだままにしておいて、
話題を長引かせて効力を長持ちさせたい、
という戦略的な意図があるのかも知れず、
それと似たようなやり方には、
特定の政治的な思惑を持ったメディアが、
もういい加減にやめてほしいような話題を執拗に蒸し返して、
これでもかと紋切り型の批判を繰り返すやり方もあるだろうが、
そういうやり方だと意図が見え透いていて、
誰もがそれがネガティヴキャンペーンだと気づいているだろうが、
そういう無理矢理に話題を長引かせるようなやり方では、
かえって一過性の効果しか得られないのかも知れず、
それを理由として現状の政治情勢を説明しようとしてしまうと、
皮相上滑りの感を免れず、
もっと根本的な社会現象を見落としていて、
そういう社会現象は普通に気づきにくく、
また言語表現とも整合しにくく、
うまく言葉で言い表せない性質の現象だと、
自然と比喩表現を使わざるを得ず、
それに関する適切な表現が世の中に定着するまでは、
多くの人がそれについて考えるだろうし、
うまく表現しようとする試みも続けられて、
それに関わる人たちがそんな話題に心を奪われたままになれば、
何かそれが根本的な社会現象であるかのような
共通の認識となるのではないか。
それについて例を挙げるなら、
一時期ポストモダンとか呼ばれる現象が
それに該当していたのかも知れず、
もっと長期間にわたる現象なら、
戦後なる呼び方も何かにつけ話題となっていたし、
未だに戦後政治とか戦後民主主義とか言う表現を
好んで使いたがる人もいるわけで、
何かそこに恣意的なねじ曲げとは認めたくないものの、
それでもある種の思い入れとともに
強調したい煽動要素があるのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
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