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彼の声

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彼の声 2017.1.20 「ネガキャンの成果」

2017/01/21

例えば何かを批判すれば、
その何かが具体的には何なのかを知ることになるだろうか。
知る以前にそれについて語ろうとしているわけだから、
すでにそれについての知識を持ち合わせていても
別におかしいとは思えないが、
ではなぜそれを批判するのかと言えば、
別にそれを知りたいから批判するのではなく、
それをやめさせたいから批判するのだとすれば、
ではなぜやめさせたいのかと言えば、
やっていることが間違っているからだろうか。
批判の対象が何らかの行為ならそういうことだろうが、
それが他人の言説なら、
言説の内容が間違っているから批判するのだろうか。
普通に考えれば正しいと思う言説の内容が、
批判の対象となることはないように思われるのだが、
それが正しかったり間違っていたりする基準とは無関係に
批判するとなると、
では何のために批判するのかと言えば、
それが何なのかを他の人たちに知らしめるために
批判するという意味も、
批判には含まれているだろうか。
知らしめるためというよりは、
批判を通じて批判の対象そのものを、
自身がより良く知ろうとしているのかも知れず、
なぜ批判しながら知識を深めようとしているのかと言えば、
それまでの批判では不十分だから、
さらなる完璧な批判を目指していて、
そのためには対象をより良く理解しなければならず、
批判の精度を高めるには、
それまでの批判内容を吟味して、
不完全なところや改めるべき点を改めて、
そうやって再度批判しながら、
そんな批判の繰り返しの中で、
批判対象についての知識や認識を深めようとしているのだろうか。
そうだとするとそれは
これまでの不完全な批判への批判も含まれているだろうし、
批判の対象が拡大されて、
簡単にいうなら敵も味方も自分も同時に批判することになり、
一方的で攻撃的な批判内容ではなくなるはずで、
そうなればそれだけ納得でき
信用できる批判にはなるかも知れないが、
どうもそういう批判をやるにはそれなりの技量や知性が要求されて、
普通の一般人にはなかなか難しいだろうし、
それができない人たちがやりがちな批判というのは、
自分の至らなさやお粗末さは棚に上げて、
他人のあげ足取りや落ち度を一方的に喧伝しまくる、
いわゆるネガティヴキャンペーンという手法になるわけだが、
それが世の中で通用している現実があるとすれば、
果たしてそんな世の中で良いのか悪いのかといえば、
普通はそういうことをやっている人たちや、
それを真に受ける人たちが非難されて然るべきなのだろうが、
もしかしたらそれを非難する資格のある人が
いない現実もあるのかも知れない。

いるにはいるのだろうが、
ネガキャンをやっている聞く耳を持たない人たちや、
それを支持する人たちには、
そんなわけのわからない批判など理解できないだろうし、
理解できない批判が有効なわけがないと思われるだろうし、
実際に短期的には
ネガキャンが成果を上げている現実があるのだろうから、
それらの人たちが聞く耳を持たないのは当然で、
そういう人たちにとってはそれで構わないのだろうし、
短期的な世の中の情勢というのは、
そういう人たちの動向に左右されているのではないか。
もちろんそんな薄っぺらいネガキャンなど
すぐに忘れられてしまうので、
長期的にはどうということはないのかも知れないが、
普通の一般人は長期的な世の中の動向などに興味はないわけで、
そんなことなど知ったことではなく、
ただ目先のメディア的な煽動行為に怒ってみたり、
ざまあみろと嘲笑してみたりしているうちに、
それなりに歳月が経過してみれば、
結局何を理解したわけでもないままに、
この世の生を閉じることになるのかも知れないが、
やはりそれがどうしたわけでもなく、
たぶんそれの何が良くて何が悪いのかなんて
言うべきでもないような世の中なのだろうし、
それで構わない人たちはそれで良く、
いくら何でも少しはマシな世の中になってほしいと思う人たちは、
少しはマシな批判に耳を傾けようとはするのだろうが、
耳を傾けたところで
世の中が良くなる保証なんてどこにもないわけで、
また何がマシな批判で何がネガキャンなのか
理解でない人たちも大勢いるわけだから、
どう考えても人それぞれの自由意志を
尊重する程度に留めておいた方が無難なのかも知れず、
もちろん自由意志など幻想で、
人間の精神は世の中の慣習や制度に支配されていると見なせば
それまでかも知れないが、
未来が今よりは良くなると信じている人たちには、
その場限りの短期的な煽動行為で良くなるとは思えないだろうし、
それとは別の何かが
世の中を動かしているような気にさせるのかも知れず、
その延長上で目先の利害や損得勘定とは別の、
それを超える普遍的な価値観を求めるようになるのかも知れないが、
それでもたぶんそれを求めることが良いか悪いかの判断は
保留しておいた方が無難かも知れず、
目先の利害や損得勘定はそれが有効に活用できる機会は確かにあり、
またそれを超える普遍的な価値観を求めなければならない機会も
いつかは巡ってくるのかも知れない。 

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創刊日:2001-03-26  
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