文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.1.15 「無理な論理」

2017/01/16

世界の広さを実感できるのは、
偶然の巡り合わせでは結びつかない物や情報が、
必然的に結びつくような流通ルートが確立されていて、
そのようなルートに沿って
物や情報が実際に流通していることを知るに至った時だろうか。
普通はそれでは世界の狭さを実感するようにも思えるのだが、
そこに何らかの流通システムが構築されていて、
そのようなシステムを運用する担い手が存在していて、
それが実際に有効に機能し活用されている現実は、
特定の個人や集団の思惑を超えて、
物や情報が世界中に行き交っていることを示していて、
それらが必要に応じて配分され、
貨幣と交換されているわけだから、
それは特定の個人や集団の力だけではどうにもならないことであり、
場合によっては敵対的な利害関係ですらも越えて活用されるわけで、
そういう現実を知る時、
特定の個人や集団だけでは支配しきれない
世界の広さを実感できるのではないか。
そもそも支配するという動作が、
特定の地域や集団を支配することに限定されているのかも知れず、
必要もないのに他の地域や集団を支配することはないのであり、
必要に応じて支配する規模も決まってくるような
性質があるのではないか。
もちろんそこには競合関係にある他の支配地域や集団の存在も、
規模が限定される要因ともなってくるわけだが、
不必要な膨張は支配組織の破綻や分裂を招くだろうし、
そういう意味で支配が無限に拡大することはあり得ず、
支配の強度も無限に増大することもあり得ないわけだから、
絶えず支配への抵抗を呼びかけるにしても、
抵抗しているつもりの支配が、
どのような程度の支配なのか、
その辺を正確に把握しておかないとならないのかも知れず、
権力による支配を実感していない人が
世の中の多数派を占めていたら、
いくら呼びかけても空振りに終わるしかないだろうし、
そのような世の中なら、
別に政治権力へ抵抗する必要もないことにもなりかねないが、
政治権力の方でも
世の中の多数派を敵に回したら勝ち目がないようなら、
多数派を敵に回すようなことはやりにくいだろうし、
そういう面で民衆への支配の程度も
妥協せざるをえないような政治制度が、
自ずと選ばれる成り行きになっているのではないか。
もちろん支配する必要がなければ、
無理に支配するような行為も行われないのだろうが、
国民や企業などから税金を
強制的に徴収しなければならない事情がある分、
その部分で強権的な支配力を行使せざるを得ないわけだ。

実質的な国家権力の行使の正当性とは、
税収を得ないとやっていけないところにあるのかも知れず、
自分たちの縄張りを確保して、
そこから税を徴収して、
その税金と借金と人財を活用して、
自分たちの縄張りを維持管理することになるわけだが、
税を強制的に徴収することの見返りとして、
そこで暮らしている民衆の不満を抑えるための
各種の行政サービスがあるわけで、
行政サービスと言っても治安の維持や
住民の暮らしや健康に役立つようなことにしかならないだろうし、
それも予算で賄える範囲内でやれることは限られてくるだろうし、
住民に対する行政サービスの他にも、
国土の維持管理や行政機構の維持管理に
多額の経費を必要とするのだろうし、
特に行政機構そのものが不必要に膨れ上がり、
予算配分がその部分に偏重している傾向があるなら、
あるいは公務員の待遇や給与が
民間に比べて優遇されている傾向があるなら、
国民が国家官僚に支配されているような印象を与えるだろうし、
民主主義が正常に機能していないように思われるだろうか。
愛国心だの国家への忠誠心だの幻想を取り除けば、
機能的には国家と国民との関係は、
税の強制的な徴収と行政サービスを介した
交換関係だとも言えるわけで、
例えば企業と従業員との関係は
賃金と労働力の提供を介した交換関係であるから、
誰もが企業の従業員ではないしても、
国家と企業は機能的には微妙に異なるわけだが、
国民は国家に奉仕すべきだとかいう政治的なイデオロギーとなると、
国家と企業を混同した本末転倒した論理となりそうで、
企業と資本家の関係であるなら、
資本家が企業に資金を提供して企業が資本家に利子を払う関係だから、
まだその方が国家と国民との関係に近いだろうが、
そうであっても税を強制的に徴収する行為が
任意に資金を提供するのとは異なるわけで、
どう考えてもそれらの間にアナロジーは成り立たず、
おかしな幻想を介在させる余地はないようにも思われるのだが、
他にも親子の関係に見立ててみたり、
封建制でもないのに主従関係を当てはめたり、
何とかして無理な論理を使って、
国民を強制的な支配の対象とした臣民扱いにしたい思惑が
あるのかないのかはよくわからないが、
そういう面で国家という存在には
合理的な正当化を受け付けない特性がありそうだ。 

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創刊日:2001-03-26  
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