文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.1.14 「現状認識」

2017/01/15

たぶん何事も大したことではないのであり、
物事を大げさに受け止めると、
すぐに終末論的な大げさな予言へと発展してしまうから、
その手前で踏み止まるべきなのかも知れず、
踏み止まれなければ巧妙に迂回すればいいのだろうか。
迂回するに越したことはないのだろうが、
好き好んで回り道を選んでいるわけでもないだろうし、
どうやっても言説が対象へ向かって
まっすぐ進めない理由があるとすれば、
それは対象が定まらないからで、
それに向かって焦点を当てるとぼやけてしまうからだろうか。
しかし対象とは具体的に何なのか。
それが同時代的な状況であるのは
わかっているつもりかも知れないが、
いざ語ろうとするとずれてしまい、
語っているうちに
それをうまく表現できないことが明らかとなるのだが、
現状では少なくとも納得できる認識を得られていないことは確かで、
何か思い違いをしているように思われてしまう。
恣意的に条件を選べばすぐに資本主義の終焉を予言したり、
それをもっとらしく語ることができるのかも知れず、
現にそういう内容の言説をあちらこちらで見かけるし、
多くの人が好んでそういう言説に同調しているのかも知れないが、
一方でそういう真面目な次元から離れると、
オカルト的にはノストラダムスの大予言以来、
それに類する終末予言が
前世紀の終わり頃から一貫して流行っている事情があるわけで、
どう考えてもそれの亜流が
資本主義の終焉論であるかのように思われ、
それ以前に哲学の分野ではヘーゲルが
すでに十九世紀に歴史の終わりを宣言しているし、
聖書のヨハネの黙示録では
二千年近く昔から世界の終末を預言しているわけだから、
その手の終末論などいくらでもありそうなのだが、
もしかしたら資本主義が終わる以前に、
世界の終末時期に資本主義が全盛を迎えている可能性までありそうで、
もちろん本気でそう思っているのではなく、
それを真に受ける人たちの深刻さを装うポーズというのが、
何か思い違いをしているように思われてしまうわけで、
それを終わりと見なすか、
終わりでなければ何なのか、
と問われるかも知れないが、
それを流行り廃りの類いと見れば軽すぎるだろうが、
例えば大気中の二酸化炭素濃度の増加による地球の温暖化と、
人類の滅亡を結びつける論調があるとすれば、
果たしてそうなのかと疑問に思うだろうし、
それと資本主義の終焉は無関係かも知れないが、
何かを深刻に受け止めるという態度が
何をもたらしているのかを考えてみなければならないだろうか。

確か核兵器の使用によって人類が滅亡する危機は
まだ継続中なのかも知れず、
フィクションの中では何度も
全面核戦争後の荒廃した世界が描かれてはいるのだが、
なかなか現実の世界ではそれが実現しないようで、
米ソ冷戦時代もとうの昔に終わり、
現状では核戦争による終末論は廃れてしまったわけで、
ではそれが流行っていた頃は何をやっていたのかと言えば、
マスコミがこぞって核戦争の危険を煽っていたわけで、
NHK特集で核戦争後に核の冬が訪れ、
地球全体が氷河時代になるとかいう番組を観た記憶もあるが、
実際にそれから三十年ぐらい経ってみて、
何が起きているのかと言えば、
相変わらずの日常世界が広がっていて、
時代のトレンドは今や地球の温暖化だし、
それもだんだん廃れてくるような気配もなきにしもあらずだが、
最近は南極の氷床が大規模に遊離しそうだと話題になって、
北極圏でのシロクマの危機や
グリーンランドの氷河の縮小などの話題と合わせて、
何とか命脈は保たれているようだが、
それも日常生活から実感される平穏無事さ加減とは
落差がありすぎるわけで、
そういう話題と比べれば、
まだ資本主義の終焉は身近に感じられはするものの、
果たしてそれが深刻に受け止められるような問題かといえば、
そうではないというのではなく、
深刻に受け止めるか否かという選択が可能だとは思われないのであり、
しかもそれを食い止めなければならないというわけでもなく、
実際に人々が今から資本主義の終焉に備えなければならない、
というわけでもないのではないか。
本当に終わろうとしているのなら、
それを人の力で食い止めることなどできないだろうし、
資本主義経済の中で動作している人たちが、
その終わりに向かってどんな備えができるとも思えないし、
実際にそれとは異なる経済活動が模索されているわけでもなさそうで、
ただ近い将来今までの延長では
経済が世界的に立ち行かなくなるのでは、
と予想する人たちがメディア上で脚光を浴びているわけで、
それを真に受けてもっとらしいことを語ろうとすれば、
それで事態を深刻に受け止めていることに
なるかどうかはわからないが、
それよりは今の現状がどうなっているかに興味があるわけで、
その興味が将来への見通しや予測へと向かうにしても、
どうもそれ以前に
現状がはっきりと捉えられてはいないような気がしてならない。
それは核戦争への危機が煽られていた昔から
抱いている疑念なのかも知れない。 

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創刊日:2001-03-26  
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