文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.1.7 「単純化と形骸化」

2017/01/08

何かそこに法則のようなものを当てはめてみたくなるとき、
そこで物事を単純化して考えようとしていて、
もっともらしい理屈を用いて何かの現象を説明しようとするときも、
やはり同じように物事を単純化しようとしているのだろうが、
その物事を単純化して捉える思考動作が、
もっともらしい理屈を用いた説明に行き着くとしても、
できれば理屈から外れた部分についても語りたいわけで、
でもそうなると理屈を用いた説明は何なのか、
という疑念も湧いてきて、
何かについて説明しているときに、
理屈以外の部分では何を語っているのかと言えば、
直感的に好き嫌いを語っているだけかも知れず、
なぜそれが好きや嫌いなのかについての理由となるのが、
いわゆる理屈なのかも知れないのだが、
では好きでも嫌いでもないとなると、
やはり好きでも嫌いでもない理由として、
何らかの理屈を用いた説明が必要となるのかも知れないが、
たぶん理由もなく好きでも嫌いでもないとなると、
では何でそんなことを語っているのかわからなくなってしまい、
わからないことにはなぜわからないのかについて、
理屈を用いて説明できれば、
わからない理由がわかりそうにも思えるのだが、
その辺が語ることのできそうな限界かも知れず、
理由を求めればどこまでも理屈がついて回り、
それが物事を単純化する理屈なら、
単純化することによって物事をわかろうとしていて、
それでわかったことになるのか疑問に思えるときもあるだろうが、
何かをわかるということは、
物事を単純化して捉えるということかも知れず、
それではごまかしにしかならないと思うなら、
できるだけ複雑なままで物事を捉えようとするだろうし、
そうなると説明もそれだけ複雑化して、
あまり複雑になりすぎると
理解してもらえない恐れも出てくるだろうし、
実際に説明が複雑で難解な文章を読んでも
理解できないことは結構あるわけで、
その辺が説明する側の表現力が問われているのかも知れないが、
同時に文章を読む側の理解力も試されているわけで、
また説明している対象の性質や構造によっても
難易度に高低が出てくるだろうし、
単純化すればそれだけ大雑把な説明になり、
それを嫌うなら詳細で緻密な説明になるかも知れないが、
それを読んで理解できるかどうかは、
読む側の力量に期待するしかないようで、
それ以前に興味がなければ読まないだろうし、
興味が湧くかどうかも
メディア的な宣伝に左右される面もあるだろうから、
しかも宣伝こそが物事の単純化そのものなのだから、
何を考えるにしても結局は物事の単純化からしか出発できないわけだ。

普通に考えるなら、
単純化した説明しか理解できない人は、
馬鹿だと見なされても文句の言えないところかも知れないが、
馬鹿であっても構わないと居直る人たちが、
世の中の多数派を占めるような事態ともなれば、
権力も主導権もそれらの人たちが掌握することにもなるわけで、
実際に単純化した説明で済むなら、
その方が手間も労力もかからず、
しかも世の中の多数派が詳細で緻密な説明を嫌い、
単純化された説明を好むなら、
需要は単純化された説明一辺倒にもなるかも知れず、
そういう風潮を背景として、
そればかりがもてはやされる状況の中で
何が起きているのかと言えば、
大衆消費社会や衆愚政治の類いだと述べてしまうと、
それこそが物事の単純化そのものとなってしまうわけだが、
そういう大雑把な解釈や説明から離れたところで
何が起きているのかというと、
人々の興味や嗜好の分散化であり、
その離散的な散らばりの絶えざる拡散なのではないか。
そしてそのような傾向に対応して登場したのが、
いわゆるネット社会であり、
インターネットの発展や進展がそうした傾向を促進している一方で、
それにいち早く目をつけたのがグローバル企業であり、
ネットを利用して急速に規模を拡大した企業が、
グローバル企業と呼ばれるようにもなっているし、
人々の興味や嗜好の離散的な分散化に対応した
コンテンツやシステムを構築することで、
グローバル企業へと急成長した経緯があるのだろうし、
今もそのようなサービスを提供することで
その地位を確固としたものにしているのだろう。
その一方でそのような傾向に対応できていない国家が
何をやっているのかと言えば、
それらの離散的な分散化に歯止めをかけようとしているのであり、
そのためには何が必要となっているのかというと、
国への求心力を取り戻すために、
馬鹿でもわかる単純化された論理を掲げているわけで、
正確に言うなら単純化された論理を主張する人や政党が、
国家の主導権を握る成り行きとなっているわけで、
ちょっと考えれば
それではうまくいかないことがわかってしまうのだろうが、
状況としては別にうまくいかなくても構わないような
成り行きになっているのかも知れず、
国家そのものが形骸化しつつあり、
政治家が何をやろうと、
そのやっていることにはあまり影響が及ばないところで、
世の中が回っている現状があるのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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