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彼の声 2015.12.31 「力の格差」

2015/12/31

現状では言論としては
政治的に何が有効に機能しているとも思えない。
何をどう呼びかけてもそれに説得力があろうとなかろうと、
たぶんそういうところでそのような主張が
政治的な力を持つわけではなく、
論理的にも感情的にも言論の範囲内で何をどう語っても、
その主張だけでは賛同を得るには至らないだろう。
それでも批判する人たちは
ひたすら政治的な手法から生まれる欺瞞を
批判しているのかもしれないが、
それで構わないのと同時に、
別に批判が批判者の思い通りの効果を上げているわけではなく、
ただメディア上でそんな批判がなされているに過ぎず、
それ以上に何がどうなっているわけでもない。
批判する側もされる側も、
そんなことはわかりきっているのかもしれないが、
批判するとしたらそんな批判をせざるをえないわけで、
別に架空のフィクションについて語っているわけではなく、
現実の政治について何か批判しているはずなのに、
やはりそれがどうしたわけでもなく、
その批判にはメリハリがなく、
相変わらず一方的な批判に終始しているから、
そんな批判には何の効果もないというのではなく、
どう批判しても批判そのものは何の効果もないわけで、
効果のない批判に関しては
言論の自由が確保されているのかもしれないが、
別に効果のある批判をする必要がないわけではないが、
では何が効果のある批判となるのだろうか。
それは時と場合にもその批判者の立場にもよりけりで、
さらにその時の政治情勢にもよるだろうか。
あるいはタイミングが合わなければ、
どんな正論を主張しようと効果がないだろうか。
たぶんそこから批判だけ取り出して、
それの良し悪しを判断するわけには行かず、
その時期の情勢から批判が発せられ、
しかも批判をしたからといって、
批判だけではどうにもならないわけで、
たぶん何らかの行為に対して批判がなされるのだろうから、
行為とそれに対する批判とでワンセットなのだろうし、
批判もその時の情勢の一部に過ぎないのではないか。
だから批判の効果云々ではなく、
ただ何らかの政治的な行為に対して批判がなされて、
それがそこでの一連の現象であり、
人はそのような批判がなされた事実を受け止めればいいわけだ。
その批判を真に受けて、
そのような行為はけしからんとか許せないと思うなら、
それを受け止めた人がそう思っただけのことで、
だからといって他の人がその人と同じように思うとは限らないわけで、
他の人たちもそのような行為をけしからんとか許せないと思え
と強要することはできないだろう。
批判的なマスメディアに煽られて、
世論誘導のような行為に同調しようと、
一般の人たちには同じような世論誘導はできないわけだから、
そこでメディアと一般の人たちの間には
明らかな力の格差が生じていて、
メディアの世論調査などから導かれる世論に、
一般の人たちが従うとしても逆らうとしても、
メディアからは相手にされないのだから、
世論は世論としてそのような一方的な行為から導かれるわけで、
それに対して自分独自の意見や主張があろうとなかろうと、
それを世論と比較しても、
それとこれとは異なる次元と経緯から出てきたものなのだから、
比較すること自体が的外れで意味のないことなのではないか。

メディア上で誰かが政治批判をしていても、
それに同調したり反感を抱いたりすること自体が、
それは二次的な動作であり、
その場で生じる感情でしかないだろうし、
その政治批判の対象について
自身がどう考えているのかを確認しておくべきで、
それはその批判者を応援したり非難するのとは別問題で、
たぶん批判されている対象とは無関係とは言えないまでも、
少なくとも批判されている対象と批判者の存在は、
区別しておかなければならないのではないか。
その上で批判者に同調したり反感を抱いたり、
批判者を応援したり非難したりするのは、
政治情勢そのものとは別の水準であることぐらいは認識しておかないと、
何かとんでもない思い違いや勘違いのもととなりそうで、
果たして批判の対象となっていることやものが、
そもそも批判する必要のあることなのか否かについて考えておかないと、
批判者の誘導に乗ってどうでもいいようなことやものについて、
一緒になって批判していたりするような事態になる
危険性があるだろうし、
その辺は批判者が批判している対象について、
自分の意見なり主張なりを持っておく必要があるのではないか。
また批判者の肩に乗って批判しているような感じなってしまうと、
虎の威を借る狐のような立場となってしまうだろうし、
そんな批判が批判として意味のあることとは思えないだろうし、
そんな批判ならやらない方がマシだろう。
批判者に同調したり反感を抱いたりするのではなく、
まずはその批判の中身を理解すべきで、
批判者の批判に関しては、
それ以上は特に何もしなくても構わないのではないか。
批判者の批判に影響されて自らもその対象を批判したいのなら、
その批判者に影響を受けていることを確認しておくべきで、
もしかしたら批判者の世論誘導に乗っかっている可能性も
自覚しておくべきだろう。
もしそうだとすれば、
批判者が何を意図して世論誘導を画策しているのか、
その理由も考えておくべきだろうし、
果たしてそうやって自分がその批判者に利用されることで、
何がもたらされるのかも考えておくべきことなのではないか。
自分が批判者に肩入れすることで、
果たして批判者が意図するような
世論の盛り上がりが起こるのかどうかも、
気にかけておいたほうがいいのかもしれず、
また一緒になって盛り上がっておいて、
梯子を外されたらみっともない結果となりそうだし、
その辺は批判者がいくら誠実で信頼できるように感じられても、
周りの状況次第ではどうにでもなってしまうことだろうし、
都合が悪くなったら
自己責任で片付けられてしまう危険性もあるのだから、
最終的には自分の身は自分で守らなければならない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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