文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.12.28 「装置」

2015/12/29

装置とは何だろう。
世界は人が作った装置で覆われていて、
街中や工場地帯などの人工的な環境では
特に何らかの装置だらけだろうか。
人が社会の中で暮らしていれば、
何をやるにも装置に頼りきりだろうか。
ほとんどの人は社会の外では暮らしていけないだろうし、
普通は社会の内部で身の回りが
何らかの装置に囲まれながら暮らしているわけだから、
装置とは何かと改めて問うまでもなく、
文明的な生活環境では
それを維持するための様々な装置を必要としていて、
人工的に作られた装置こそが
人類の文明そのものを表しているのではないか。
ならば装置とは何か。
すでに語ってきたそれが装置なのだろうか。
具体的には人が何らかの形で利用している
機械類全般が装置と言えるだろうか。
それ以外の装置があるだろうか。
比喩的には人そのものが社会的な装置と言えなくもない。
つまり人が利用する装置の中には人自身も含まれ、
それをロボットのような存在と捉えている場合もあるのではないか。
人は装置としての道具を作る一方で、
人自身を道具に見立てて操作している現状があるなら、
操作される対象としての人は、
機能的には何らかの装置とみなしても、
それほど不思議ではないだろうか。
そんな人の道具化が人類の文明を特徴づけているなら、
人を生かすために人が人の道具と化していて、
道具を使って人を生かす文明自体を一つの装置と考えれば、
単純化すれば人が繁栄し、
人を繁殖させる装置が文明なのかもしれない。
比喩的にそんなことを述べて行くと、
いつの間にかそれは装置としての
目に見える具体的な機械類から離れて、
何やら思考や想像力が生み出す
言語表現から導き出される装置について
述べているように感じられてくるが、
そんなふうに人が作り出す装置と、
その結果として現れる文明と、
さらに人自身を混同して、
それら全てを装置とみなしてみても、
一方で人は人であり、
人以外の何物でもないと同時に、
例えば人は考える葦であるといった歴史上の著名人もいたはずだが、
人を何か人と関係する別の事物に見立てることによって、
逆説的に人の特徴を浮き彫りにしたい、
という何やら難解な哲学的な観念に至りたい衝動は、
人の思考作用の中で魅力的な動作に感じられるだろうか。
そんなわけで人が人であると同時に、
機能的に何か別の事物であるとしたら、
人を何に見立てたら説得力を伴う対象となるかといえば、
人を何らかの装置に見立てる思考へと至るだろうか。
しかし装置とは何だろうか。
社会の中で人を何らかの状態に変容させるのが装置なのかもしれない。
それとも人を何らかの状態に保っているのが装置だろうか。
両方とも装置だと解釈しても構わないのかもしれないが、
ではそういう機能を担っている装置とは具体的に何なのか。

フーコー的に言えばそれは学校や企業や病院や刑務所などの、
人を収容する施設だろうか。
可視的な施設なら他にもいくらでもありそうだが、
例えばそれがメディアとなると、
文字や映像や音声によって、
人をある状態から別の状態へと変容させたり、
あるいはある一定の状態に保つ機能があるだろうか。
それによって人をどのような状態へと変容させたり、
あるいはどのような状態に保つのかが問題となり、
結果から考えれば、
現実の政治情勢や経済状態の中で、
何か有利に事を運んでいるように思われる
政党や企業や行政機関などが、
様々な社会的な装置を有効に利用していることになるのだろうか。
それが権力を行使していることとみなされるのだろうが、
誰もが各種装置を有効活用できるわけでもなく、
活用できる権限や立場というものがあって、
特定の団体や個人にその権限が委ねられているように見えると、
何か不平等で不公平な感じがしてくるわけで、
できれば誰もが平等に各種の社会的な装置を
活用できるようにしたいのかもしれないが、
それを活用することで利益がもたらされるならば、
やはり自らが有利になるように利益誘導を画策するだろうし、
そうなると利益を得るための闘争や競争が起こるのは必然で、
実際にそうやって利益の奪い合いが
社会の様々な水準で発生しているのだろうか。
そんな闘争や競争に加わることが人の社会参加であり、
それもある種の戦争状態を醸し出しているのかもしれず、
そこでは自らや自らの陣営に有利に事が運ぶように、
装置の効率的な有効活用や装置自体の絶え間ない改善が試みられ、
様々な方面からのそのような働きかけが、
社会全体を人類の文明として
一つの装置に仕立て上げているのかもしれない。
そして近頃はその装置の稼働が地球の温暖化をもたらしていて、
そのままの状態で稼働し続けると大変なことになるから、
どうにかしようという論議まで起こっているわけだが、
たぶん人はその装置自体の特性や機能を
完全に把握しているわけではないので、
どこをどういじればどうなるかについて、
よくわからない箇所がかなりの部分を占めているのかもしれず、
いろいろな面で予想や予測はされているのだろうが、
必ずしも予想通りや予測通りになるとは限らないだろうし、
実際にやってみなければどうなるかわからないのではないか。
しかも何をどうするのかについても、
その方針をめぐってもめている現状があるのだから、
結局今のところはその装置の全体像を
把握するまでに至っていないのだろうし、
もしかしたら装置に対する知識が不足していて、
そこから勘違いや思い違いまで生じているのかもしれず、
下手に制御しようとすると
誤作動を引き起こす可能性もあるのかもしれないが、
それでも人は制御しようとするだろうし、
人類にとって利益を引き出すような試みが今後も続けられるのだろうか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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