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彼の声

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彼の声 2015.12.21 「実感の虚構性」

2015/12/22

ほどほどのところでは済まないのが、
競争原理の行き着く先に待ち受けている結果だろうか。
それがプロスポーツなどの場合は感動を呼ぶのだろう。
世の中には人が大勢いるから、
そのような現象が起こる。
ほどほどのところで済ませてしまうと、
中途半端に思えてくるのかもしれない。
実際に競争しているなら、
中途半端では競争に負けてしまう。
競争原理の弊害を指摘しても意味のないことかもしれず、
なんらかの分野で成功した人がいる現状が、
競争原理がそこで働いていることを示している。
傍観者としてそれを受け入れるなら、
競争原理が支配しているように見えるプロスポーツなどを
観て楽しめばいいわけだが、
自身がなんらかの競争に巻き込まれていることを実感できるだろうか。
それは人それぞれの置かれた境遇によって異なるだろう。
競争にも程度の差があって、
過酷な競争よって多くの人が著しく不利益を被るようなことがあれば、
そう判断されれば是正されなければならないだろうし、
実際になんらかの緩和措置がとられた事例もあるのかもしれないが、
相対的な問題でしかないだろうか。
競争原理も場合によっては肯定しなければならないだろうし、
場合によってはその弊害を指摘しなければならない。
その成り行き次第でどちらにもなり、
場合によってはどちらにもならなかったりするだろう。
人はどんな境遇にもなるだろうし、
結果的にはその人独自の境遇の中で生きているのかもしれないが、
それはその人の思い込みなのかもしれず、
世間的にはありふれた境遇の中にいることになってしまうだろうか。
そこに差異を見出せなければありふれているように感じるだろうし、
何かこだわりがあるように思い込めば、
独自な生き方をしていることになるのだろう。
それが他人事ならどちらでも構わないことになりそうで、
関わりを持てば、
それについて何らかの感慨を抱き、
時には何らかの評価を下したりするのかもしれず、
肯定したり否定したりする場合もあり得るだろうか。
社会の中で生きている限りは、
身勝手なことをやっていると
周囲から何らかの圧力がかかる場合が多いのだろう。
それが気に入らなければ否定的な評価を受けるかもしれないし、
それほど害がないと思われれば放って置かれるだろう。
そうなればとりあえず競争とは無関係になるのかもしれず、
そんな境遇を楽しめるようになれば、
気楽な人生を送れるかもしれない。
たぶんそれを目指してそうなるのではなく、
そこへ至るまでの過程でそれなりに紆余曲折を経験するだろうし、
不快な思いを何度も経験しないと、
そんな心境にも境遇にもなれないのではないか。
別の何かを目指していたのに
思いがけずそうなってしまう場合もあるだろうし、
そうなってからもまだ諦めきれずに、
何かを目指している場合もあるのではないか。
そんな心ならずも気楽な境遇にある人は不幸だろうか。
興味がなければどちらでも構わないのかもしれない。

全てを相対的な問題と捉えるわけにもいかないだろうが、
何が全てとも思えないなら、
とりあえずは現状について考えてみるべきだろうか。
人それぞれで境遇が異なるだろうし、
一方で多くの人が社会的には
類型的でありふれた境遇の中で生きていることも確かだろうし、
そんなことに興味がなければそれで済んでしまう。
メディア的には自爆テロを起こすような境遇の人たちに
注目が集まるのだろうが、
そんな事件が頻発しているようなら、
それも類型的でありふれた境遇とみなしておけば済んでしまうだろうか。
そんな事件が連日のように報道される次元ではそうなるかもしれず、
それによって確実に多くの人が死傷しているのだろうが、
事件が起きたからといって
どうなるわけでもない現状の中で多くの人が生きている。
それがありふれていれば、
人の生や死に何か特別な意味があるとも思えないし、
いくら人が死んでもセンセーショナルな報道がなされても、
時が経てば忘れられてしまう。
人の行為が他の人の意識にインパクトを与える場合でも、
インパクトを与えた人の存在がどうだというわけではなく、
それが肯定されるようなインパクトなら賞賛されるだろうし、
逆なら非難されるようなことになるだろう。
フィクションの中でそんな経過が語られたら興味深いだろうか。
ある種のフィクションではそればかりかもしれず、
なるべく大きなインパクトを与えるような
工夫が凝らされているだろうか。
その方が印象に残るだろうし、
いつまでも忘れられないかもしれないが、
インパクトの種類によっては
ホラー映画のようにありふれたものもあり、
類型的でありふれたインパクトならすぐに忘れられてしまうだろうし、
それがあまりにも見え透いていてわざとらしいと、
ギャグや嘲笑の対象になったりするかもしれない。
そうなるとまた笑いを誘ううように
わざとそれをやったりするのかもしれず、
何かが定着されそうなると、
すぐさまそれを逆手にとって、
違った効果を醸し出すような試みがなされ、
そんな差異と反復の応酬が繰り返されるのが世の中の現状だろうか。
そんな行為の中であるものは流行り、
またあるものは廃れ、
そんな現象の中で人は時代の変化を感じ取るかもしれず、
時が確実に経過していることを実感するのではないか。
そしてそんな時間の経過の中で自らの老いも実感し、
確実に自らの死が近づいていることを悟るだろうか。
そんなことを感じる余裕のある人は少ないのかもしれず、
意識してそれを避けている場合もあるだろうし、
そこから目を背けることによって、
まだ前向きになれると思えるだろうか。
中には末期ガンを宣告された次の日から、
急に勉学に励むような人もいるそうだが、
今さら勉強しても仕方がないとは思わないのだろうし、
急に自らの生に限りがあることを知らされて、
生きている間に何かやっておこうと思うのかもしれず、
それがたまたま勉強であったりするのだろうが、
結果から見ればどうせいつかは死ぬのだから、
若いうちであろうと死ぬ間際であろうと、
意識の中では勉強することにあまり違いはないのかもしれない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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