文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.12.19 「賽の目」

2015/12/20

どうも偶然の巡り合わせにしては、
話の辻褄が合いすぎている場合、
それがフィクションなのだから仕方がないにしても、
そうでないと話にならないように感じられるなら、
しかも結果的に物語が成立する上で、
偶然の巡り合わせだけではリアリティを伴わないわけだから、
そこに何らかの納得のいく必然性を
設定しなければならなくなるのではないか。
しかしそれにしてもそうなるのが必然的な成り行きであるとしても、
それによって過去と同じような物語が反復的に回帰していることが、
そこで見出されつつある事の真相を物語っているとも思えない。
それ以外で何か知りえない秘密がどこにかに隠されているとしても、
現状についての説明で間に合っている限りは、
それに加えて何か他に秘密を知ろうとは思わないだろうし、
とりあえずは現状で知り得る範囲内で物語が展開するだけで、
それ以上は何も語らなくてもいいと思うなら、
虚構の物語の中で語る存在が誰であろうと、
それについて言葉を記す上で、
その存在に対する配慮が欠けていても、
話の展開の必然性は揺るがないだろうか。
いくら偶然の巡り合わせによって事態が進行しようと、
結果から見ればそこに必然性が見出されてしまうのだろうし、
そのような事態の進行によってしか物語が成り立たないのなら、
それはそれとしてそのような事態の進行を受け入れるしかないわけで、
他の何かがそのような話の展開を操作していた
という挿話が後付けされようと、
やはりそこから生じる話の不自然さも受け入れるしかなさそうだが、
それ以上の何を求めるわけにもいかないのではないか。
物語の中ではさまざまな登場人物が何かを語っているわけで、
その様々な語りを総合すると話の辻褄が合っているように思えるなら、
最初に感じた不自然な偶然の巡り合わせにしても、
それを受け入れつつ物語の中へと入って行けるだろうし、
そこで何らかの感情移入も起こるかもしれず、
そういうところでフィクションの成否が決まるなら、
それはそれでそういう種類の物語なのかもしれず、
それ以上に何を受け止める筋合いもないのだろうが、
フィクションにそれ以上の何を求めるわけにもいかないだろうか。
ではそこに何かが欠けていると感じるならば、
その欠けている何かとは何なのか。
それが現状で隠されている秘密となってしまうとすれば、
その物語が続いてゆく上で、
隠された秘密を軸とした話の展開となってゆくのかもしれず、
その秘密が徐々に解き明かされてゆく過程が、
物語そのものの本体となりそうだが、
もしかしたらその秘密は物語が始まると同時に、
すでに物語内で明らかとなっていることかもしれず、
たぶんそれが不自然な偶然の巡り合わせそのものなのではないか。
物語を展開させる上でそれが欠かせないとすれば、
それは賽を振った時の出る目を言い当てる動作となるだろう。

人は偶然の巡り合わせと
必然的な事の成り行きを結びつけたいのであり、
それを結びつけたものが物語そのものとなる時、
その不自然さを克服するために、
話のつじつま合わせが必要となり、
絶えず恣意的に捏造された不自然な事の成り行きから
目をそらすための何かを求めている。
その何かが過去の話との類似であり、
すでに世の中に広く知れ渡っている話を、
もう一度丁寧になぞることによって、
世の中の信用を勝ち取りたいのであり、
そうやって世の中の許しを求めているのかもしれず、
話の不自然さは過去を反復することによって、
覆い隠せるとは思わないだろうが、
少なくとも過去に容認された話と似ているのだから、
受け入れられる可能性があるわけで、
実際に話の出来が良ければ許容の範囲内とみなされるのではないか。
意識してそれを狙っているわけではないにしても、
物語を続ける上で過去との類似は必要不可欠で、
話の連続性を確保する上でもそうする以外にないのかもしれず、
そのような動作が同じような出来事の反復を生み、
そこに至るまでに不自然な偶然の巡り合わせが必要とされるにしても、
それがないと過去と同じような出来事を起こせないのだとすれば、
その出来事が起こるきっかけとしては、
不自然な偶然の巡り合わせは許容の範囲内に収まっているとみなされ、
それを介して過去の物語と現在の物語をつなげることができ、
それがつなぎ目として効力を発揮する挿話となるなら、
繰り返されるのが同じような出来事にしても、
そこに過去とは違う新たな解釈や意味が生まれるかもしれない。
そしてそこでどんな解釈や意味が生まれるにしても、
それも偶然の巡り合わせに左右させるのかもしれず、
すでに話の中でそれが起こっているのだから、
それがこれから新たな話の展開を呼び起こす可能性もあり、
そうやってすでに賽が投げられている状況の中で、
そこから出た目にまた必然性を担わせようとするのだろうし、
必然的な結果が見出されてしまうのが物語なのだろうから、
そこからずれるには、
人はそこに失敗を見なければならず、
失敗に成功しなければ、
新たな可能性を見出せないわけだ。
果たして過去の轍からずれて失敗することができるだろうか。
しかもその失敗を成功と見せかけたいのだから、
それはある意味で不可能と隣り合わせなのかもしれず、
安易な不条理に逃げるわけには行かず、
人々を納得させた上で、
しかも失敗することに成功しなければいけないのだから、
当然のそのような結果がもたらされることは稀であり、
普通は安全な成功を目指すのだろうが、
たぶんそれを目指しながらも、
偶然の巡り合わせによって、
それ以外の目が出ることが期待されているのかもしれず、
そう意識していなくても、
物語からの不意の逸脱に感動してしまうだろう。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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