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彼の声

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彼の声 2015.12.17 「職業としての政治」

2015/12/18

平和な地域に暮らしている人たちにとっては、
テロも戦争もフィクションのようなものでしかない。
だからそれについて
メディアから得た情報を基にして語ることはできるが、
語っている範囲内でその人なりのリアリティは感じているのだろう。
それが平和な地域で暮らしている人が感じている
テロや戦争についてのリアリティになり、
それはメディアから情報を得た範囲内で
語っているリアリティとなりそうだ。
別にそれ以上のリアリティを求めて
紛争地域へと出かけていく人などほとんどいないだろうし、
そんなことをやる必要もないのだろうが、
それについて語っているからといって、
テロや戦争そのものが
自分にとっての問題となるわけでもないだろうし、
ただ興味を持ったから語っているに過ぎないわけで、
テロや戦争の当事者からすれば、
ただの無害で無関係な部外者でしかないだろうか。
それで構わないわけで、
平和な地域で暮らしている人は、
彼らとは別の問題を抱えているかもしれず、
それがその人の身の回りで、
その人が直接関わっている問題なのかもしれず、
その問題に直接関わっている範囲内では、
その人が当事者意識を抱いている問題なのだろう。
その人にとってはメディアを介して興味を抱いている間接的な問題と、
その人の仕事や暮らしに関わる直接的な問題と、
二種類の問題に関わっていることになるのかもしれないが、
直接手を下している身の回りの問題と、
語りの対象となっているメディア的な問題の間で、
意識の中で何かはっきりした区分けができているだろうか。
たぶんそうではなく、
全てを一緒くたに捉えているのではないか。
そしてメディア的な問題でも、
自身から遠く離れた紛争地域で起こっているテロや戦争などとは違い、
国内の政治や経済の動向となると身近な問題と感じられるかもしれず、
たとえメディアを経由して間接的に情報を得ているにもかかわらず、
何か自分が
その問題の当事者であるように感じられてくるのではないか。
実際に政治に関しては参政権を持っているわけで、
選挙で投票することもあるわけだから、
何かそれについて語る権利があるように思われてくるのも当然で、
政治に関して無関係な部外者だなんて思ってもいないのだろうが、
その一方で職業として政治に関わっている政治家がいるわけで、
選挙に立候補して当選した人たちは、
確かに議会に出席して、
あるいは内閣に関わる形で、
仕事として何かをやっているわけだから、
それらの人たちは当然のことながら、
当事者意識を抱ける人たちであり、
当事者である権利も持っていて、
またそれを報道している人たちも、
ジャーナリズム的には当事者であるだろうし、
それを職業としているわけだから、
仕事ととして政治にかかわる権利があると思っているかもしれない。
そのような人たちと、
職業でも仕事でもなく、
メディアから間接的に情報を得て政治に関心を持っている人たちの間で、
何か明確な区別や権利の上で、
両者を分けて考えなければならない境界といったものを
設ける必要があるだろうか。

たぶん民主主義の原理や国民主権の建前や理想からすれば、
両者の間に明確な区別などありえないのだろうが、
現実問題として職業的に政治に関わっている人たちにしてみれば、
一般市民を無関係な部外者として扱うのは当然だろうし、
自分たちのやっていることに
勝手な口出しをされては迷惑に思われるだろうし、
そんなのは無視するに越したことはなく、
彼らにとっては自分たちの支持者がお客様であり、
自分たちに利益をもたらしそうな支持者以外の、
勝手な批判をしてくる一般市民など、
敵以外の何者でもないわけだ。
政治に関わるような仕事が成り立っている時点で、
功利主義的にはそうなって当然だろうし、
建前や理想論などは宣伝文句としていくらでも言えるだろうし、
実際に政治宣伝としてそういうことを言っているわけで、
それは商品広告と変わりなく、
人の関心を惹く目的で、
自分たちを支持してくれるお客様を獲得したいがために
やっていることであり、
その辺で一般市民との間に意識のずれがあるのだろう。
それに関して例えば政権批判などを繰り返している人たちは、
国民の声をなんで聞かないのかと批判するわけだが、
それはその人たちが批判している対象の支持者ではないからで、
支持してくれるお客様でない人の声など
聞いても利益に結びつかないのだから、
それは当然のことなのだが、
もちろん職業的に政治に関わっている人たちが、
はっきりとそう自覚しているかどうかは、
たぶん怪しいところで、
たぶん自分たちは政治に関わる者として、
当たり前のことをしていると思っているだろうし、
批判は批判として
支持してくれる人たちの批判なら聞く耳があるだろうし、
支持者でもないどころか
敵対者と見なされるような人たちの批判など、
無視するか逆に攻撃するのが当然だと思うのではないか。
それは民主主義の原理や理想が
ないがしろにされていると思われるにしても、
それとは別に職業として政治に関わる制度や仕組みが
もたらしている作用であるのは明らかで、
それを批判する一般市民の側でも、
そのことに気づいていない人が多すぎるのかもしれず、
気づいていないからこそ、
効果のない理想論に基づいた批判を
延々と繰り返す羽目に追い込まれているのかもしれず、
批判する側もされる側も共に、
そのことに気づかずに批判し対立を煽り深めながら、
ひたすら平行線状態を維持継続しながら、
そのような立場や姿勢や状態の中で
安住している現状があるのではないか。
このままでは両者の間の溝はどこまでいっても埋まらないだろうし、
両者ともに自分たちのやっていることの正当性を
延々と主張し続けるだろうし、
そうすることが現状に維持につながっているわけだから、
それによって自分たちの立場を守っていられるわけで、
たぶんこれからも彼らがそれに気づくことはないのかもしれない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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