文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2015.11.26 「欺瞞」

2015/11/27

誰もがそれに気づいていないわけではなく、
気づいていながらあえて触れたがらないことがあり、
それに触れると自分たち立場が不利になる可能性があるから、
なるべくそれについての言及を避けているのだろうが、
そういう事情があるにもかかわらず、
それについては触れないまま自分たちの正義や正当性を主張するから、
そのような主張は欺瞞であることを免れ得ないのであり、
それが欺瞞であることを言い募る人たちを
攻撃する必要も生じてくるわけで、
そのような主張をごり押しするには、
恫喝的な手段をとらざるをえなくなるのだろう。
罵りや嘲りを含む批判は、
そのような欠陥を抱えている場合が多いのかもしれず、
相手に罵声を浴びかけるような成り行きには、
そのように攻撃する側が、
自身の欺瞞を自覚しているから、
それに触れさせないように脅し文句を使って凄んでみせるのだろうか。
そんなことしかできないとしたら、
そのような主義主張を肯定せざるをえない成り行きの中にいる人たちは、
それを生み出す欺瞞を取り去ることも打ち消すこともできないのであり、
欺瞞とともに生きていくことを宿命づけられているのかもしれず、
欺瞞こそがそのような主義主張の拠り所となり、
それに携わる人たちの言動や行動を決定づけているとしたら、
その欺瞞とはなんなのだろうか。
彼らは何をごまかしているのか。
それ以前に彼らとはどのような人たちを指すのだろう。
それは広く一般の人たちのことかもしれず、
誰もが何かしら主張するときには、
必ず何らかの欺瞞がつきまとい、
それに触れないように主張しなければならず、
そうしないとそれを主張している自らの存在や立場を
正当化できなくなってしまうのではないか。
人が様々な社会的な関係の中で生きている限りは、
その関係のあるなしで、
立場が有利になったり不利になったりするわけで、
有利になるような関係を他の人や団体と結んでいるとすれば、
そのような関係を結んでいない人は不利な立場となっているわけで、
例えばそれが地縁や血縁などのコネであれば、
それを利用できる人できない人との間で不平等が生まれ、
社会の隅々にまでそのような関係が張り巡らされているようなら、
それはいわゆるコネ社会と言われるわけだが、
そのような関係に依存している人たちにしてみれば、
現実にそこから利益を得ているのだから、
そのような関係を否定するわけにはいかないわけで、
他の人たちからそれを指摘されて、
自身の実力ではなく
コネによってその立場を占めていると批判されたら、
当然腹立たしく思われるのではないか。
その人にとってはそのような関係の中で生きていることにも、
それなりに苦しみや悩みがあり、
その最たるものが自分の実力を周りが認めてくれないことだとすると、
そういうところから周囲に対する憎悪の念などが生じて、
それが自身を認めない人たちに対する復讐心へと発展して、
何かのきっかけでコネを最大限に生かして
攻撃を仕掛けてくるかもしれず、
そういう攻撃は実際にもフィクションの中でも陰惨を極めるのではないか。

確かにフィクションではそんな成り行きに至る話もあるかもしれないが、
現実には程度の差があって、
多くの場合は復讐心をかき立てるようなところまでは追い詰められず、
妥協や打算から馴れ合いの関係に落ち着いて、
それが延々と長続きしたりして、
そうやって地縁や血縁などのコネも
ある程度は容認されている現実があり、
なるべく事を荒立てないように
多くの人がそこから目を背けていれば、
そこに欺瞞が生じていることになるわけだが、
一方でそのような欺瞞を許さない人たちもいて、
そのような人たちは社会正義を掲げ、
公正で公平な社会の実現を目指していて、
そこには貧困の撲滅や男女同権なども含まれ、
そのようなきれいごとの主張を掲げている限りは、
欺瞞から逃れられ、
一点の曇りもない正義の側に属していられるだろうか。
実際にはそのようなきれいごとの正義を不快に感じる人も多くいて、
そういう人たちが日本では夫婦別姓などに反対して、
欺瞞を隠す方便として、
西欧的な価値観とは違う日本文化の独自性というのを顕揚し、
それに同調する保守層を味方につけて、
政治的な勢力を形成していて、
そこにもそのような欺瞞がつきまとっているわけだが、
欺瞞を社会から一掃したい人たちは、
欺瞞を利用する人たちと
敵対しなければならない宿命にあるのだろうか。
そのような敵対関係が
一般にリベラリズムの限界を物語っているのかもしれず、
敵対するのが宿命なら、
たぶん社会正義は永遠に実現されないこととなりそうで、
もしかしたらそのような社会正義自体に欠陥があるのかもしれず、
それが欺瞞を利用する人たちと敵対してしまうことにあるのだろうか。
ではそのような敵対を回避しつつも、
社会正義を実現させるにはどうしたらいいのだろうか。
あるいは実現を断念して、
ある程度の妥協や打算は容認せざるをえないのだろうか。
敵対を回避する第三の道というのが容易に見つかるとは思えないが、
世界を主導しているつもりの西欧的な政治理念の方向性としては、
身内に保守的な欺瞞を抱えながらも、
外に向かっては欺瞞と戦う姿勢を崩さない形をとるわけで、
それがロシアや中国やイスラム武装勢力などの
反発を招いているのかもしれず、
実際にイスラエルとパレスチナの問題などはこじれにこじれて、
どうにもならない事態を招いていて、
ここにきてシリアやイラクの内戦もイスラム国の台頭でこじれつつあり、
今のところは事態を収集するめどは立っておらず、
たぶんそれと同時進行の様相を呈している、
アフリカで起こっている紛争も含めて、
それらの地域が全面的に平和になるようなら、
世界に蔓延する欺瞞に関して、
そこで何らかの対処法が確立されたことになるのかもしれないが、
このまま紛争が世界中に飛び火するようなら、
人間が構成する社会には
欺瞞がつきものであることが証明されてしまうだろうか。

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。