文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.11.25 「慣習」

2015/11/26

以前に語っていた地点からだいぶ遠くまで来たように思えるが、
意識は依然として元いた場所へと回帰してしまう。
思考が思考する対象を巡って堂々巡りをしている感を免れず、
その対象を具体的に特定できぬまま、
その不可視の対象について
延々と同じようなことを述べているのだろうか。
それでも何に立ち向かっているとも思えないのは、
自身を取り巻く環境の中で安住しているからなのか。
そうと気づかぬまま、
そうならざるをえない成り行きの中にいるのではないか。
だがそう語ってもなお、
誰が誰のことを語っているとも思えないのだろうから、
そこに架空の登場人物がいるとも思えず、
それがフィクションとはなりえず、
だからと言って自身について語っているわけでもないのだろうから、
なんでもないということになるだろうか。
たぶん何が何でもないわけではなく、
何らかの事象について語っていることは確かで、
具体的にそれは国家と資本主義についてとなるだろうか。
だがそれが直接思考の対象とはなりえないようで、
その代わりにそれらを取り巻く人の思惑について、
あれこれ想像を巡らせているだけで、
それを想像してみた結果として
何が見出されたわけでもないのではないか。
それらの制度や仕組みを改善するための方策が
見出されたわけでもないし、
それに代わる新たな制度や仕組みを構想しているわけでもない。
仮にそれを構想したところで、
それを実現させるめどが立つとも思えず、
相変わらずの従来からある制度や仕組みの中で、
そこから生じる否定的な作用や結果を根拠にして、
それらの制度や仕組みを批判することしかできない。
それ以外に何ができるだろうか。
批判することしかできないなら、
延々と批判し続けるしかないのだろうか。
制度や仕組みそのものを批判するのではなく、
そこからもたらされる弊害を批判するわけだから、
批判することによって弊害をなくす努力がなされ、
事態が改善することがあるのだろうか。
それとも制度や仕組みを根本的に変えない限り、
弊害がなくなることはないのだろうか。
しかしそれらの制度や仕組みがもたらす弊害とは、
具体的にどのようなものなのか。
それは改めて問うようなことではなく、
広く世間一般で共有されている認識にすぎず、
例えば国家がもたらす弊害は、
政府の機能を維持するために備わっている官僚機構が
人々を管理支配することにあり、
資本主義がもたらす弊害は、
人々の間で貧富の格差が広がって不平等が生まれることにある。
そのような弊害をなくすには、
民主的な選挙で選ばれた議会の議員たちが内閣を組織して、
大臣や副大臣となって官僚機構の上に立ち、
官僚機構を国民の代表者たちが制御すれば、
形の上では官僚機構による管理や支配に対抗できるわけで、
また資本主義によってもたらされる弊害については、
所得や資産などに累進課税して、
富める層からなるべく多く税を徴収して、
それを貧しい層に対する福祉に利用すれば、
やはり形の上では
貧富の格差を縮める努力がなされることになるわけだが、
結果が必ずしもそうなっていないのは、
官僚機構や富裕層の力が増して、
そのような方向が捻じ曲げられているからということになり、
それを許しているのは国民なのだから、
批判されるべきはまずは国民にあるということになるかもしれないが、
国民にもそれぞれに異なる立場や境遇があって、
利害も一致しておらず、
決して一枚岩で団結しているわけではなく、
同質な人々ではないということが、
そもそもそのような制度や仕組みが、
円滑に機能しない原因となっているのだろうか。

原因がそれであるとしても、
それを取り除くことなどできないし、
そもそもそのような制度や仕組み自体が、
建前として国民に提示されているに過ぎず、
行政に関しては
その仕組みや権限について知り尽くしている官僚機構の方が、
一般の国民より力を持つのは当然だだろうし、
企業を運営しているのは労働者ではなく経営者であり、
企業に資金を提供しているのは
銀行などの金融機関や資本家たちなのだから、
資産を持っている層ほど社会の中で力を持つのも当然だろうし、
そこに厳然と力の差があることをごまかすためにあるのが、
民主的な政治制度であるわけで、
富める者も貧しい者も、
選挙では一人一票しか投票できないことになっているわけで、
人口比で言えば、
富裕層はほんの一握りしかいないのだから、
それ以外の大多数の人たちが、
元官僚や高額所得者などの候補者には投票せずに、
普通の一般人の候補者に投票すればいいわけだが、
そうはなっておらず、
一般の人たちが元官僚や高額所得者などに
投票している現状があるわけだ。
それはそのような判断基準以前に、
政治家としてまともに活動できるかどうかという判断基準があり、
それには議会で一定の勢力を持っている政党の推薦を受けていたり、
無所属だと何らかの組織票がある団体の推薦を受けていたり、
あるいはメディアなどでよく取り上げられる
著名人であったりする必要があり、
そのような条件を満たすのが
元官僚や高額所得者や政治家の世襲後継者であるわけだから、
その人の政治的な主義主張の中身以前に、
何の実績も後ろ盾のない人が立候補しても、
まずは当選できないだろうし、
そのような実質的な障壁が、
建前としての民主的な政治制度や仕組みの前に立ちふさがっていて、
一般の人たちもそのような障壁があるのを当然のことと思っていて、
それを前提として選挙で投票しているわけだ。
そうだからといって
別に一般の人たちはメディアにだまされているわけではなく、
そんなことは一般の人たちの方がよくわかっていて、
百も承知のはずなのに、
大多数の国民とは立場も境遇も異なる、
それらの特権的な階層の人たちに投票しているのであり、
それは自業自得でしかないのだろうが、
それをやめるわけにはいかない成り行きになっている。
それが社会的な同調圧力だと言えなくもないが、
別に人々はそれを圧力だとは感じていないだろうし、
むしろ喜んでそうしているわけで、
まさかそうすることが人々の宗教的な信仰現象であるなどと言えば、
デタラメもほどほどにしろということになるだろうし、
社会的な慣習だとみなした方がより無難なのかもしれないが、
そのような慣習が成り立っているところで、
その慣習を支えている人々を苦しめる様々な弊害が
生まれているわけだから、
結局人々はその弊害を根拠に、
建前としての政治的な制度や仕組みを歪めているように見える
政治家などを批判することはできるが、
一方ではその弊害をもたらす社会的な慣習を支えているわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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