文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.11.5 「状況の違い」

2015/11/06

何を根拠にそんなことを述べているわけでもないとしたら、
そんなことを述べている理由を詮索するわけにもいかないだろうか。
そして述べていることが自らの主張でないとすると、
根拠や理由もなしに何かを述べていることになるわけか。
その何かとは何なのだろうか。
世の中の雰囲気だとか空気について語っているわけでもないし、
特定の政治的な主義主張を語っているわけでもない。
ではいったい何を目指しているのか。
それは語ることそのものだろうか。
たぶんそれは違うと思うが、
違っていても構わず、
そういうことであってほしいのだろうか。
それは理想でも何でもなく、
目指していることにもならないだろう。
では語りたいのが主義主張ではないとすると、
他に何があるのだろうか。
語りたいことがなくても語っている現状があるのかもしれず、
何かに語らされているのかもしれない。
世の中に語らされ、
世界に語らされ、
言葉に語らされている。
そして語らされているだけではなく、
他人の言葉に踊らされている。
それで構わないのだろう。
そうならないと世論の形成など不可能だろうし、
多くの人たちが同じ話題を共有できない。
それが今の世の中を構成する大衆市民社会の特徴だろうか。
人が大勢でひしめき合って暮らしていれば、
そうなって当然だろうし、
それは今に始まったわけではなく、
昔から世代を超えて連綿と受け継がれてきたことかもしれない。
社会を構成する原理とまでは言えないにしても、
繰り返しそのようなことが起こっているから、
メディア的なおしゃべりによって、
多くの人たちが連帯感を得ている現状があるわけだ。
そういうレベルでは何が危機に瀕しているわけでもなく、
どのような横暴がまかり通っているわけでもない。
大勢で寄ってたかって騒いでいるうちが華であり、
騒がなくなってしまっては、
祭り事にも支障をきたしそうだ。
政治に対する幻想が人々を民主主義につなぎとめているのであり、
ここ二〜三百年の間は、
それが国家を繁栄させる原動力となっているのではないか。
そうやって民衆を惹きつけてやまないのが政治的な幻想であり、
それによってたえず変革が起こり、
世の中を活性化させてきたのだろう。
実質的にはそうでなくてもそう思いたい。
昔よりは確実に良くなっているはずで、
例えば19世紀のフランスでは、
武装蜂起した労働者たちが軍隊に鎮圧され、
何度も数千人規模で殺されている。
そうした血なまぐさい衝突が、
今まさに中東などの紛争地帯で起こっているのだろうか。

今現在のフランスでは確かにテロなどは起こったが、
労働者たちが武装蜂起することもないし、
軍隊に鎮圧されて数千人規模の犠牲者が出ることもないわけで、
同じ時期に起こったアメリカの南北戦争でも
確か50万人もの戦死者が出たはずで、
やはり今起こっているシリアの内戦でも、
最終的には同規模の死者数まで行くのかもしれないが、
あと百年も経てば中東地域も平和になって、
今の欧米のような世の中になる可能性があるだろうか。
場所も地域も時代も状況も違うわけだから、
いい加減な見通しは控えるべきかもしれないが、
欧米や日本などの時代の変遷などを考えると、
悲惨な出来事のあとには必ずそれを克服する試みがあり、
過ちを二度と繰り返さないという風潮なども生まれ、
だんだんそれを回避しようとする
世の中の流れになっていく傾向があるように思われ、
実際中国などでも20世紀中期の、
毛沢東などによる大躍進政策や文化大革命など期間では、
数千万人の死者が出たらしく、
その時から比べたら、
金儲け主義がはびこって腐敗と汚職だらけの現在のほうが、
はるかに死者数は出ていないだろうし、
毛沢東がいかに偉大な指導者であろうと、
それに比べて現代の指導者がいかに小粒であろうと、
世の中が活況を呈しているのは現代であることは間違いなく、
それは日本でもそうで、
第二次世界大戦前後に活躍したエリート官僚や政治家たちの方が、
現代の官僚や政治家たちよりはるかに有能で政策実行力もあり、
人物的にも好感が持てるかもしれないが、
やはり世の中が栄えているのは圧倒的に現代だろうし、
無能な政治家や官僚でもそれなりに間に合っているのだろうし、
非難され罵倒されながらも、
それを超える人材が
その地位や立場につけるような制度とはなっていないわけだから、
現状でちょうど釣り合いが取れているというか、
悪く言えばこの程度の国民にしてこの程度の政治家であり、
そういう言われ方が心外なら、
有能な若者がなるべく政治家や官僚を目指すように、
啓蒙活動でもするしかないのだろうが、
それ以前に現状で有能な政治家や官僚が
必要とされているのかどうかも疑わしく、
さらに何をもって有能かどうかの判断をしたらいいのかも、
その基準からして曖昧で、
結局は時代状況に対応した人材しか出てこないのかもしれず、
今いる政治家や官僚たちが、
ちょうど今の時代状況に対応した人材である可能性も
なきにしもあらずなわけだ。
それでも気に入らない行為や
間違っていると思われる政策に対しては、
容赦なく批判を加えるべきで、
そのような態度でいることが、
より良い世の中を目指す上で欠かせないのは当たり前だろうが、
だからと言って過去の政治家などを偉大だと持ち上げてみても、
それは時代状況が過去と現代とでは異なる、
と認識しておくべきことなのだろう。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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