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彼の声 2015.10.27 「権力ゲーム」

2015/10/28

人は立場が変われば、
それに合わせて主義主張も変わる。
それを批判するのは当然のことかもしれないが、
批判によって何がどうなるわけでもなければ、
立場や状況に応じて主義主張を変えた方が
利益になるということだろうか。
そのような状況判断がまかり通るのが政治の世界であり、
経済の分野でもそうなのではないか。
そのような主義主張をコロコロ変える政治家や政党を
国民が支持しているとすれば、
そういう政治や手法もまかり通るということだろうし、
経済の分野では利潤を得るためなら、
できることは何でもやるのが当たり前だろうから、
主義主張を変えなければならない事情が出てくれば、
喜んで変えるだろうし、
政治家や政党や企業の主義主張は、
その場の状況に応じて出てくるものであり、
それに首尾一貫性などを求めるのは無理なのかもしれない。
実質的にはそうだとしても、
選挙の時の公約のように、
投票した有権者は公約を守って欲しいと思うだろうし、
守らずに違うことをやれば、
それをまともに信じた人達は、
約束を破った裏切り行為と見なすかもしれないが、
果たして有権者は選挙の時の公約などを、
投票する時の判断材料としているのだろうか。
本気で判断材料にしている人が有権者のほとんどなら、
日本ではすでに政権交代が何度も頻繁に起こっているはずだが、
実際はそうではない。
要するに政権公約も一つの判断材料ではあるが、
それが全てではないということだろうか。
政権を批判する人達は公約違反を指摘して、
それを批判するための材料とするわけだが、
選挙で投票する人達と政権を批判する人達との間で、
政権公約に対する評価や判断にも違いや差が生じていて、
それは政権を批判する人達に対する評価や判断にも表れていて、
必ずしも政権を批判する人達を全面的に信頼しているわけではなく、
場合によっては政権批判を繰り返す人たちを嫌って、
それらの人たちを非難したり攻撃する人達までいるわけで、
そういう人たちがメディア上で幅を利かせていると、
それだけ政府に対する批判もしづらくなっていくのだろうか。
政権公約よりそんなメディア情勢の方が、
選挙の投票に影響を与えるのかもしれず、
政府与党はそれも利用したいから、
新聞やテレビなどの主要メディアを
自分たちの勢力側に引き込みたいわけで、
主要メディアの側も政府与党と仲良くしておくことで、
取材や情報提供の面で利益があると判断しているのかもしれず、
テレビなどは放送事業免許などの許認可権で、
行政に弱みを握られている場合もありそうだ。

建前としては言論や報道の自由が憲法で保障されていて、
何を主張しようと批判しようと構わないわけで、
実際にそれを実践している人も少なからずいるはずだが、
そのような実践が社会的に無視できないような力を持ち始めて、
しかもそれが政府与党に敵対している場合だと、
やはり干渉を受けるわけで、
政府与党を批判する自由は確かにあるが、
そのような批判者を批判する自由もあるわけで、
権力側が合法的な範囲内で
有形無形の圧力を加えてくるのは当然のことで、
そこで闘争が始められることになり、
闘争の舞台がメディア上となれば双方の宣伝合戦となるしかなく、
多くのメディアを味方につければそれだけ露出度も増えるわけだから、
それが政治宣伝なら有利に事を運べるだろうし、
主張や批判の中身よりも露出を増やすことが優先され、
政府に批判的な主張や意見をなるべく国民の目が遠ざける方向で、
戦略が練られるのも当然のことで、
実際に政府与党に対する本質を突いた批判は、
なるべく主要メディアでは出さないようにされ、
どうでもいいような人畜無害な批判と、
無難な政府与党寄りの主張が取り上げられ、
そうすることで何とか国民の政府与党に対する不満が噴出するのを、
押さえ込んでいるのかもしれない。
それがフェアなやり方なのか、
あるいはアンフェアなやり方なのかについては、
国民が選挙の時の判断すればいいことかもしれないが、
たぶん判断する以前にそういう環境に慣らされてしまうので、
判断材料とはならずに、
自然と政府与党に有利に働いて、
それが選挙結果に反映されてしまうのではないか。
つまり批判勢力がどうあがいても
政府与党には勝てない状況かもしれないが、
それは実際に国民の多くが
不利益を感じるようにならない限りは無理なのであって、
例えば経済状況でも悪化して
生活が苦しくなるようなことが起これば、
さすがに政府与党に対して否定的な感情を抱き始めるかもしれないが、
その時にはもう遅く、
たとえ政権交代してもうまくいかないだろうし、
経済情勢の悪化は政治的なミスが原因ではなく、
経済情勢を政治的な手法では完全には制御できず、
景気が悪化すれば政府の経済政策の失敗だと批判する人たちもいるが、
もしかしたら経済政策には成功も失敗もなく、
効果のあるなしの問題でもなく、
そうせざるをえないことをやるしかないのかもしれず、
それをやって成功したり失敗する以前の問題なのではないか。
確かに国家の制度や仕組み上は、
議会の議員や内閣の各大臣などに
政治家が必要不可欠かもしれないが、
政治家の政治的手腕によって、
国が栄えたり衰えたりするように感じられるのは、
幻想に過ぎないのかもしれず、
実際には政治家なしでも国は成り立ち、
さらに国がなくても経済は回っていくのかもしれず、
人々は無駄で無意味な権力ゲームに
参加させられているだけなのかもしれない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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