文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.10.26 「社会現象」

2015/10/27

人はただ地上でうごめいているだけではなく、
そこで何か試みていることは確かで、
その試みが何であれ、
試みている間は、
何とか正気を保っているような感じがするものだろうか。
何もできなくなれば精神的にうつ状態となって、
後は破滅へのスパイラルが待ち受けているかもしれないが、
それほど深刻に物事について考え込んでしまうこと自体が、
何か危険な兆候であるような気がしないでもなく、
いくら考えたところで、
頭の中で情報がぐるぐる回っているに過ぎないだろうから、
それが実践を伴わなければ大したことではなく、
実践とは何かと問うならば、
それは考えを文章にする行為だろうか。
それも一つのやり方だろう。
また何もやらずに考えていたことを忘れてしまうのも、
時には最善の方法かもしれない。
だが簡単には忘れられないから考え込んでしまい、
考え込むからいつまでも忘れられなければ、
忘れてしまうことなど無理かもしれないが、
別に忘れようとしているわけでなく、
忘れようとして忘れられるほど人の頭は便利にはできておらず、
別のことに気をとられるようになれば、
以前に考え込んでいたことは、
いったん意識の表層から消えてしまうのだろうし、
忘れた頃に何かのきっかけで思い出されることもあるだろうが、
そうなればしばらくは煩わしい問題から遠ざかれるだろうか。
何を忘れようと思い出そうと、
そんなこととは無関係に現実の事態が動いて、
外部からその人を別の動作へと導くような出来事が起こり、
それがきっかけとなって人の成長を促進することもあるのではないか。
そしていくら考えてもわからなかったことが、
不意にわかってしまう時も訪れるだろうか。
結果的にそうなればありがたいかもしれないが、
それもなかなかそう都合よく事態が進まず、
いつまでもこだわっていることは、
そのままマンネリ化してつまらないことの一部となり、
どうでもよくなって放置されるがままで、
あとは風化作用にさらされて改めて考えてみる機会を失い、
無駄に歳月が流れていくに従って、
どんどん忘却の彼方へと遠ざかっていってしまうだろうか。
そうなればそれでも構わないと思うしかなく、
それについては考えることを諦めざるをえない。
実際に諦めかけていることは否めず、
もうこの辺でそれについては見切りをつけて、
何か他のことを考えてみるべきだろうか。
しかし他のこととは何なのか。
そして今考えていることとは何なのだろうか。

少なくとも避けているのは政治的な問題で、
具体的に政党がどうの内閣がこうの述べたいのではなく、
人々の政党や内閣に対する評価自体に興味があるのでもない。
そういうことにこだわればこだわるほど政党間の差異に着目して、
与党と野党の政策的な違いについて評価を下し、
固定観念的な認識へと到達してしまうのであり、
そういう認識から抜け出られなくなって、
それとは違うことを考えられなくなってしまう。
そして考えたいのがそれとは違うことだとすれば、
それとは何なのだろうか。
あまりにもせっかちに変化を求めても期待外れに終わることが多く、
機が熟すにはそれ相応の時間が必要なのであって、
それを待つ必要もなく、
待つことに意味も意義もないようにも思われ、
では期待外れを批判しなければいけないのかといえばその必要もなく、
そんなことはよくある成り行きで、
これまでも何度となく繰り返されてきたことで、
その何度も繰り返されてきたことに対する批判も
何度も繰り返されてきたことで、
今さらそれをどうこう批判しても仕方のないことであり、
それについて何を語っても
やはり固定観念の域を出るものではない。
そういうことの繰り返しも
それについての批判も一連の動作であって、
批判は人々を諦めさせることを目的として、
昔から絶えず繰り返されていることでもあるわけで、
だから与党も駄目だが野党もだらしない、
という紋切り型へと人々の意識を持って行きたいのだろうが、
それが罠であることも百も承知であるはずなのだが、
たぶんそれを罠だと見なしてはいけないのかもしれず、
それが罠なんだと思うこと自体が、
自分で自分が仕掛けた罠にはまっているのであり、
それも一種の陰謀論の延長でしかなく、
罠でもなんでもなく現実なんだと思うしかないわけで、
そしてそうなるのが当然の成り行きで、
与党も駄目だが野党もだらしないで構わず、
それを批判する人もそう思うから批判しているわけで、
そういう批判が出るのも当然の成り行きなのだから、
今さらそれにどうこう反論しても始まらないのであって、
それはそれでそういうことだと受け止めておいたほうが無難で、
それ以上にそういう批判を否定する必要も肯定する必要もない。
要するにそうなって当然の成り行きに
下手に惑わされてしまうことが、
それが誰かの陰謀だと邪推することにつながり、
不必要にそれらの成り行きを否定して、
その否定的な評価を固定することにつながってしまう。
それが現状で巷に溢れかえっている
否定的な固定観念の正体なのではないか。
そして自分が自分で作り出した妄想に取り付かれて、
それを信じて諦めてしまうのは
自業自得以外の何ものでもなく、
そういう人たちが多ければ多いほど、
それが固定観念となって人々の意識に染み付いて、
空気のように世の中を覆うことになるのではないか。
そしてそうなっても構わないわけで、
そんな空気の中で厭世的な気分となり、
諦念からくる政治的な無関心に拍車をかけることも、
要するにこれまでも何度も繰り返されてきた
当然の成り行きの一つなのであり、
それら全てが社会現象としての一連の動作なのかもしれない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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