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彼の声

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彼の声 2015.10.23 「権利と実践」

2015/10/24

政治もメディアで面白おかしく取り上げているうちは、
娯楽の一種なのかもしれないが、
場合によってはそれで人が大勢死傷してしまうわけだから、
戦争とか起こせばたちまち命がけとなるだろうし、
それのどこからどこまでを本気と受け取ればいいのかわからないが、
人と人あるいは組織と組織が
争う口実となっているのが政治なのかもしれず、
そんな政治も人々から税金を取る口実として、
国民が参加しているように装わなければならず、
それが選挙ということになるだろうか。
どうもその辺が口実としか思えないところがおかしいわけだが、
果たして国民が政治に参加している振りを装う必要があるのだろうか。
振りでもなく装っているのでもなく、
実際に直接政治に参加していると思っている人が、
大多数を占めているはずなのであって、
それが建前としての大前提でないと、
民主主義ではないことになってしまい、
国民主権が成り立たなくなってしまうわけだが、
やはりそこが信用できないところでもあり、
果たして政治家がやっていることが主体なのか、
あるいは官僚機構の意向が政治に反映しているだけなのか、
どうも後者が主だったところで、
政治家はただ主体的に何かをやっているように
見せかけているにすぎず、
要するに舞台の上で演技している俳優と同じなのかもしれない。
もちろん舞台にもドラマにも映画にも
俳優が欠かせないことは確かで、
演出家の完全な操り人形ではなく、
俳優にも主体的に振る舞う余地があり、
見た目と演技で観客を魅了することがあるから、
製作側は高額なギャラを払って
特定の人気俳優を使いたいのだろうし、
そこで醸し出されるフィクションの中で、
俳優の存在が重要性を帯びるわけだ。
もちろん政治家も俳優も自らが主体的に
やっていることに関与することもあるだろうし、
その権限も大きくなることもあるし、
権限のない単なる操り人形でしかなくなることもあるだろう。
その辺の政治家と官僚との力関係や
俳優と監督やプロデューサーと力関係は、
様々な場合があるのだろうが、
政治家と官僚の権力関係の間に、
国民の意向が反映されることがあるのかどうか、
国民はそれらの演技を見せられる観客と同じ立場でしかないのか、
その辺もよくわからないところであり、
映画やドラマなどのフィクションも、
人気がなければ早々に打ち切られる場合があり、
それと同じように世論調査で内閣支持率が下がって
メディアによる政権批判が噴出するようなことになれば、
確かに内閣総辞職や選挙で議会の与党側が負けて
政権交代となるわけで、
そういう意味では
国民が単なる観客の立場であっても構わないわけだが、
何かそういう部分ですっきりしない部分が残ることは確かで、
果たしてそれでいいのかと思うところでもある。

人々はフィクションに見物料を払うように
税金を払っているわけではないし、
強制的に取られている現実があるわけで、
税金を払わないという選択の余地はなく、
収入などの違いによって払う金額に多い少ないがあるとしても、
金を取られて見たくもない茶番劇を
見せられている現実から目を背ければ、
政治的に無関心となるわけだが、
それでも税金は払うしかないわけで、
その税金を使って福祉や教育など
行政サービスが受けられる場合もあるわけだが、
そのようなサービスに国民の意向が反映しているかとなると、
それも人によって受け止め方が異なるだろうし、
それに不満があれば政治が
国民の満足するような行政サービスにしなければいけないわけだが、
どうもそういう方向にはいっていないようで、
逆に行政が国民を指導して、
無理やりサービスを受けさせるような
事態となっている面があるのかもしれず、
マイナンバー制度などはその典型だろうし、
行政が国民を管理しやすくするために、
一方的に進めている経緯があるわけで、
いつの間にかやることが決まっていて、
国民は黙って従うしかない状況となっている。
要するに国民が黙っていれば、
行政にいいようにやられてしまう状況なのかもしれず、
不満があれば声を上げて行かないと、
どんどんそんな事態が進行していってしまうだろうし、
それも結局は政治家と官僚と国民の間の力のせめぎ合いで、
そういう意味でデモ活動などが盛んになるのは、
やはり政治や行政がやっていることに対する不満の表れで、
そのような市民運動に参加するのは勇気がいることで、
周囲からの圧力もかかる中で、
それでも参加する人が大勢いるわけだから、
それも状況の変化なのかもしれない。
そうやって国民がただ傍観するだけの観客に過ぎない立場から、
徐々に政治にコミットするようになれば、
それにも限界があることは確かなのだが、
以前よりは少しはマシな政治状況が構築される可能性が
見えてくるのではないか。
たぶんそういう契機がないと、
行政を司る官僚機構が政治家と国民を管理するだけの、
非政治的な世の中になっていくのかもしれず、
それでもいいならそれで構わないのだろうが、
それでは嫌だと感じるなら、
国民が積極的に政治に関与しようとするしかなく、
保守派からの脅しに屈することなく、
なんらかのやり方で声を上げていくしかないのではないか。

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創刊日:2001-03-26  
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