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彼の声

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彼の声 2015.10.22 「必要とされるもの」

2015/10/23

果たして人は人にとって必要とされているのだろうか。
企業にとって必要とされているのは、
働いてくれる労働者と商品を買ってくれる消費者かもしれないが、
労働者や消費者以外は不要だろうか。
あとは株や債券を買ってくれる資本家が必要かもしれないが、
個人投資家もいることはいるだろうが、
銀行や証券会社などの金融機関がその役割を担っているだろうから、
そういう部分で企業にとって必要なのは、
取引先の別の企業だと言えるかもしれず、
金融機関にとって株や債券は商品であり、
資本家や個人投資家などはそれを買う消費者と見なせば、
やはり企業にとって必要なのは労働者と消費者となるだろう。
そして企業活動を奨励する国にとって必要なのも、
労働者と消費者になるだろうか。
逆に言えば働かずに商品を買ってくれない人は、
社会の中で必要とされていないのかもしれず、
そのような人たちが貧困層と言えるのだろうか。
国や企業にとって役に立たない人が冷遇されてしかるべきであり、
役所が生活保護申請を簡単には受け付けないのも、
働かざるもの食うべからずで、
貧困層を厄介払いしたいのだろう。
利益を追求する功利主義が行き着く先には
そんな結末が待ち受けていて、
実際に世の中はそういう成り行きになりつつあるのかもしれない。
要するに人にとって何が必要とされているかではなく、
国や企業にとって必要とされているのは利益であり、
働いて商品を買うことによって、
国や企業に利益をもたらしてくれる人が必要とされているわけだ。
ではそういう必要とされる条件から漏れた人たちは
どうすればいいのか。
社会から厄介払いされて死んでしまえばいいのだろうか。
そうではなく死なない程度に生きていればいいのかもしれない。
国や企業から見放された人々が、
より多く生きられるような社会になれば、
功利主義的な風潮もだんだん勢いがなくなっていき、
全世界を覆う資本主義市場経済も衰えてくるかもしれない。
ではそうなるには何をどうしたらいいだろうか。
現状ではそうなってもらっては困る人たちが
世の中の大勢を占めているわけで、
必死になって現状を維持しようとしているのかもしれず、
それらの人たちの力が強いうちは、
働かずに商品も買わずに生きられるなんてありえないことで、
実際にそんな方法を思いつく人などいるわけがない。
だから現状で可能なやり方としては、
なるべく必要以上には働かず、
必要以外の商品は買わないことかもしれないが、
それも実際に行われているわけで、
物価が上がらずに消費が低迷していることが、
それを裏付けていて、
また格差社会で地縁や血縁などのコネがないと
大金を稼げないとなれば、
労働意欲も自然に減退してくるだろうし、
働くのもほどほどにして、
贅沢三昧な生活を夢見るのもやめておこうとなるのではないか。

功利主義という方向に世の中の趨勢を持っていこうとすれば、
それとは逆向きの反作用が抵抗となって出てくるのかもしれず、
競争社会で功利性を突き詰めようとすれば、
より競争を有利に進めるために
地縁や血縁などのコネクションを張り巡らして、
特定の階層が利益を独占しようとして、
そうなるとその他大勢の人たちが
競争しても無駄と分かって諦めてしまい、
意欲が減退して利益を追求しようとしなくなるから、
経済格差がさらに開いて物が売れなくなって、
景気も悪くなるだろうか。
まだそれが極限にまで行き着いていないから、
かろうじて経済が持っているのかもしれず、
また経済に国境はなく、
一国だけではなく世界全体がそうなるには、
まだかなりの紆余曲折があるだろうし、
日本の場合は一応は先進諸国の一つで、
相対的には利益を独占している特権的な階層に位置しているわけだから、
まだまだ余裕があるのかもしれないが、
国内で貧富の格差があることは確かで、
それは他の多くの国でも言えることかもしれず、
国ごとの格差と国内の格差が同時進行で開いてゆく傾向にあるのだろうか。
そして世界的に特権的な金持ち階層と、
その他大勢の貧困層とに固定されたところで、
物が売れずに景気が悪いままとなって、
経済的な功利主義も終わりを迎え、
資本主義の行き詰まりもいよいよ決定的になるのだろうか。
それでも人々が必要としている分は
物や情報が生産されるだろうし、
それらを生産するために多くの人々が働くだろうし、
その生産物が売り買いを伴う商品となるか、
あるいは単に配給されるだけのものとなるかはわからないが、
なんらかの手段で必要とする人の手に渡って、
手に入れた人がそれを消費するのではないか。
そのように人が存在し続ける限りは、
物や情報の生産と消費は続いてゆくだろうが、
ただその過程で金銭的な利益が生じるかどうかは、
なんとも言えないところかもしれず、
どうも金銭的な利益というのが、
これからの人間社会を存続させてゆくうえで、
次第に障害となってくる可能性があるのかもしれず、
金銭的な欲望が働くうえでの原動力となっていることは確かだが、
人々の間での経済格差が開けば開くほど、
金持ちが買う商品と貧乏人が買う商品の値段の格差も、
とんでもなく開いてゆくだろうし、
それは現状でも高級ブランド品などで言えることかもしれないが、
大して品質が変わらない商品の値段が
数十倍から数百倍違ってくると、
もはやその値段自体がフィクションとなりかねず、
それが詐欺ではないとなると、
物の価値自体が崩壊していくのではないか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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