文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2015.10.19 「政治の必要性」

2015/10/20

今後の成り行き次第で何が災いして何が幸いするかわからないが、
可能性は可能性でしかなく、
確実にどうなるわけでもなく、
どうにかなった結果からしか何も判断できないだろうか。
判断材料は過去にしかないのかもしれず、
過去の経過をもとに何を予想しても、
未来が予想通りの成り行きで推移するわけでもないから、
将来の展望は不確かなものとなるしかないだろうか。
それでも予想したいわけで、
その予想に当人の希望や期待が紛れ込んでいるのはよくあることで、
希望や期待が実現してほしいのだろうし、
そう語ることによって、
多くの人がそれに賛同してほしいのだろう。
中には用意周到に策を弄して、
強運にも恵まれて願望の実現にこぎつけることもあり、
そうなればしめたもので、
思い通りに事が運んだことになるのだろうが、
たとえそうなったところで、
さらにその先があるわけで、
いつまでも強運に恵まれるわけでもなく、
いつかはうまくいかなくなる時が訪れるかもしれない。
人はたかだか数十年間生きているだけだから、
その数十年の間に浮き沈みがあろうとなかろうと、
一般人の個人的な事情など世の中に大した影響はなく、
市民運動の類いでもメディアが伝えるのは
決まって著名人の動向や発言だが、
それも別に大して影響力があるわけでもなく、
何か画期的なことを述べているわけでもなく、
誰もが同じようなことを述べている。
決まりきったことしか述べられないのは、
誰しもが共有している事情なのかもしれず、
何かそれとは別のことを述べる人は無視されるわけだから、
決まりきった文句がメディアを通じて世の中に広まり、
いつしかそんなことしか述べられない状況に陥っているとしても、
人々は疑念を抱かずにひたすらそんな決まり文句を繰り返し、
そのような行為が何の効力もないことにも気づかない。
それは人間が集団となった時の習性かもしれず、
そのような意識の集団化が社会に影響を及ぼして世論を形成し、
何か特定の主義主張を後押しすることになり、
そしてそんな主義主張に囚われた人々が多数派を構成して、
少数派を無視することによって、
社会の安定化と停滞をもたらしているのだろうか。
それはメディア的な見せかけでしかなく、
その見せかけ状態を人々に信じ込ませるために、
絶えず多数派が醸し出す世論の動向を
人々に伝えようとするのだろうが、
そこに合理的な認識や理性的な判断が反映されているわけではなく、
それは流行現象であって、
今何が巷で話題となっているかを伝えようとしているわけで、
その話題こそがメディアが作り出している当のもので、
要するにそれは自作自演でしかないのではないか。

自作自演と言っても、
もちろん一般市民が参加しているわけで、
メディアによって作り出された主義主張に踊らされている面もあり、
それは雰囲気とか空気の類いで、
「アベ政治を許さない」といった文言も、
メディアを通じて広く世の中に拡散したのかもしれないが、
「日本を取り戻す」と同様に、
それはキャッチフレーズとしての空疎な煽り文句となるわけで、
政治を許す許さない次元で捉えるところが、
そもそもそれは感情の問題で、
知性や理性が介在しているわけではなく、
稚拙なプロパガンダ戦略でしかなかったわけだ。
そういう安易で短絡的なことはせずに、
地道に筋道を立てて説明する以外に
まともには受け取られないのかもしれないが、
単純な決まり文句しか発することができないのが、
世の中の多数派を形成する人々であり、
しかもそれらの人々が、
他の意見を述べようとする少数派を
無視して排除しようとしているわけだから、
これからも感情に訴えかけるしかないのかもしれず、
衆愚政治と言われる状況は、
そんな成り行きから形成されるのだろうし、
今後もそれ以外はありえないのではないか。
そしてそれが世界的な政治の形骸化を生み、
紛争地帯では内戦の慢性化をもたらしているのかもしれず、
政治家は何もできずに行政組織である官僚機構に組み込まれて、
国家統治の管理対象となって
官僚の言いなりになるだけだろうか。
現状でもそうかもしれないが、
たぶんそれでも構わないのであり、
政治家自体の役割が
だんだんなくなってきているのかもしれず、
政治家がいなくても
国家が成り立つような状況にだんだん近づいていて、
政治そのものが必要なくなっているのではないか。
要するに官僚が決めたことが国会で通って、
国民の承認を得る成り行きになればいいだけで、
国会はあくまでも国民を納得させるための儀式的な飾り物で、
ただ何か型通りに討議しているように装えば、
それで済んでしまうような現状なのかもしれず、
もちろん先の国会で成立した安保法案には、
多くの国民が納得していないわけだが、
納得しようがしまいが、
そのまま事が進められてしまうとすれば、
もはや国民の納得すら必要としない状況になりつつあるのかもしれず、
このままでは国民は官僚機構に管理されるだけの対象となり、
主権も何も方便にすぎず、
憲法すらもどうとでも解釈できるということは、
民主主義というのはもはや機能していないということなのではないか。
というか元からそうだったかもしれず、
ただもう嘘をつく必要がなくなってきたということであり、
それでも国家が成り立つならそれで構わないのかもしれない。

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。