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彼の声

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彼の声 2015.10.15 「民主主義」

2015/10/16

人は何かを主張することによって、
他の人々から賛同や共感を得たい。
そして自らがやっていることの成果を強調することによっても、
他の人々から賛同や共感を得たい。
それは広告宣伝の類いとならざるをえず、
いかに賛同や共感を得るかが世の中で競われているわけで、
それらを得ることが目的化すれば、
人々が不快に感じる対象や内容は
避けられるようになることは明らかで、
結局は世の中で流行っている現象に
左右されるような主張や行為になり、
それに依存している方が人々の賛同や共感を得やすく、
世の中に受け入れられる可能性が高いだろうか。
人々から安心されることは確かで、
要するに人畜無害だと思われるわけだが、
特に世間やメディアから注目を浴びることはなく、
その他大勢の中の一人として無難に取り扱われるだろうか。
一般大衆はそうあるべきという意図や思惑が
世の中に働いているわけではないだろうが、
他の人から賛同や共感を得ることは快感を伴うから、
自然とそうなっていくのかもしれず、
わざわざ不快感を煽って悦に入るひねくれ者でない限りは、
人と人のつながりを重んじて親交を深め、
仲間を増やしたい思うなら、
そういう方向で努力しようとするのではないか。
それが人々の間に連帯感を生じさせ、
集団として力を発揮する場合もあるだろうし、
世論を形成して政治にも一定の影響を与えるかもしれない。
それを利用して利益を得ようしているのがマスメディアであり、
主張や行為の流行り廃りを煽って、
多くの人たちがそれに注目するように報道し、
それを批判したり称賛したりする著名人などの意見を取り上げ、
それに一般大衆が共感したり不快感を覚えたりするように仕向け、
そんな反応もネタにして、
それに対する評論なども広く世間一般に拡散させ、
そうやって世論をコントロールしたがるのであり、
自分たちが世の中の流行り廃りを
作り出している気でいるのかもしれないが、
その気になっている間は、
それらのマスメディアに権力があるかのように見なされ、
そうした世論形成の操作者としての役割を、
マスメディアが担っているかのように思われるわけだ。
そのように見なしたり思われる範囲内では
確かにそうかもしれないのだが、
それが実際に機能しているかどうかは、
はっきりそうとは言えないところであり、
たとえそうなっているとしても、
現象としてそうなっているだけで、
特定の誰かが意図的に操作しているわけではなく、
その中では多くの人たちの思惑や意図が複雑に絡み合っていて、
全体として一定の方向性が見受けられるだけで、
決して権力者が強権を発動しているわけではないことに注意すべきで、
それを短絡的に解釈して、
特定の誰かの独裁体制だと批判するのは稚拙であり、
たぶんそれを信じる人も少ないのではないか。

そして信じる人が少なければそれに対する共感や賛同も限られ、
それを繰り返せば繰り返すほど磨耗し、
延々とそれをやればやがて飽きられ、
誰からも相手にされなくなるだろうか。
だから何を主張するにも
他の人々から共感や賛同を得られる可能性があるのは、
世の中の流行り廃りの範囲内でしかなく、
廃れてしまったことをいくら主張しても相手にされないわけで、
だから世間の流行り廃りに
敏感であらねばならないというわけではないが、
何かしら信念を持ってそれを主張しているなら、
たとえ他の誰からも相手にされなくても、
ともかく主張するような成り行きになってしまうのであり、
そういう人達が世の中には一定数いるのかもしれず、
ネット上ではたまにそういう主張を見かけるわけで、
そういう塵や芥の類いの主張が
積もりに積もるのがネットの特徴かもしれず、
そうなればなるほど、
世の中の流行り廃りが相対的に薄れてきて、
マスメディアによる世論操作もうまくいかなくなってくるのではないか。
人々が意識して自分固有の意見や主張を
保持するように心がけているわけでもないのに、
ネットそのものの分散的な構造が、
そこに多種多様な意見や主張の保存を可能としているわけで、
そこでは意図や思惑よりも構造が支配的な作用を及ぼしていて、
特定の政治勢力の独裁を阻むのも、
特定の主義主張に多くの人達が賛同したり協力したりする
集団の団結力ではなく、
誰もが好き勝手に様々なことを主張し合う仮想空間かもしれず、
そうすることでマスメディアによる世論形成を阻み、
そのような力を形骸化させることによってのみ、
政治的な権力の一極集中にはならない状況が形成されるのであって、
デモクラシーの多数決原理から生じる
独裁的な政治体制への収斂を
頓挫させることができるのかもしれない。
多くの人達が誤解しているはそこであり、
民主主義的な制度が独裁体制をもたらすのであり、
その逆ではないのはもちろんのこと、
民主主義と独裁的な政治体制は対立する概念ではなく、
民主主義の究極の形こそが全員一致の独裁体制なのであり、
そこには常に異物を排除する原理が働き、
多数決には多数意見に全ての人を従わせる力があるわけで、
少数意見に配慮するのが民主主義だという主張は、
民主主義を人々に受け入れさせるための方便にすぎず、
建前と本音のごとく、
いざとなったら本音を出して多数決で押し切る以外に、
解決の手段はありえないわけで、
少数意見に配慮する余裕がなくなれば、
必然的にそのようなことが行われるわけだ。
そこに民主主義の矛盾がありごまかしがあるわけだが、
そのことに言及しないで、
意図的に建前や方便だけのきれいごとばかり主張しても、
そんな主張に多くの共感や賛同など得られないわけで、
はっきりとそうは意識していないにしても、
世の中の多数派はそんな矛盾やごまかしを前提とした
民主主義的な政治制度を信じているわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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