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彼の声 2015.10.14 「無意味な批判」

2015/10/15

物事にはそこに至る成り行きがあり、
何かをやっていくうちに、
様々な紆余曲折を経てそこへと到達して、
さらにそれを続けていくと、
その先へと歩を進められるかもしれないが、
それが何を意味するわけでもなく、
ただ時間の経過にしたがって、
どこかからどこかへと移動したに過ぎない。
当初から何を望んでいたわけでもなければ、
そういうことになるかもしれないが、
そこへ至るのが目的なら、
到達することで目的を達成したことになるのではないか。
そして達成できたことを喜べばいいのだろうか。
そうなればその行為は無意味ではなく、
自らのやりたいことをやり遂げたことになり、
それで自己満足に浸れるだろうし、
やることに意味も意義もあったことにもなりそうで、
それによってその行為を正当化して、
やっている自らを肯定できるかもしれない。
確かに自意識の中ではそうなのだろうが、
他人がそれをどう評価するかは別問題で、
気に入らなければ無視するか批判するかのどちらかかもしれないが、
それを肯定したり称賛する場合は、
それを利用してその人もそれにあやかろうとする意図があるだろうか。
もちろん批判する場合も、
批判を自らの自己主張に利用しているわけだが、
その利用している当の行為が、
特に取り立てて言及するようなことでもなければ、
それらの称賛や批判は誇張された内容となるしかないだろうか。
だがそれについて言及すべきかどうかの判断は、
そのやっていることに興味があるかどうかにかかってくるわけだから、
称賛や批判をしている人たちからすれば、
そうするように依頼されたのでなければ、
それに興味を持っているわけで、
取り立てて言及するようなことなのだろう。
少なくとも称賛や批判をする人にとってはそうなのだ。
そしてそれがメディア上で行われていることなら、
共感したり賛同したり、
あるいは批判する人も、
一般大衆を意識してそうするのだろうが、
それが一般大衆にとっても興味のあることなのかどうかは、
世の中で話題となっていることについて語ろうとするのだろうから、
多くの場合それは興味を引くような話題なのだろう。
そして興味を引くような話題なら、
メディアとしてはその役割を果たせるわけで、
一般大衆が興味を引くような話題を取り上げて、
それを報道するのがメディアとしての役目なら、
そういうことになりそうだが、
その他に人々を啓蒙して
社会をより良い方向に導くのがメディアの役割であり、
それが使命だと言えるだろうか。
そのより良い方向というのが、
世論を誘導して一般大衆が
政府の言うことを聞くようにさせることだとすれば、
現状でメディアはその役割を果たしているわけか。

それで社会がより良くなるのだとすれば、
その良くなる方向というのが、
政府とメディアが連携して、
人々を効率的に管理する方向となりそうだが、
政府は行政組織だからそういう方向へ進むのは当然だとしても、
それにメディアが手を貸すのは、
政府に対する批判を放棄していることになるだろうか。
そうではなく、
政府に対する批判はそれなりにやる一方で、
政府との協調や連携も批判が許される範囲内でやるというのが、
メディアの両義性と解釈すればいいのだろうか。
取材する側とされる側が癒着するのはよくあることで、
それがメディアの宿命かもしれず、
それほど社会的に影響力のないマイナーなメディアなら、
政府や政治家に対する罵詈雑言でもなんでも、
好き勝手に言っていられるが、
それがテレビや大手新聞社となるとそうもいかなくなって、
様々な面で行政と交流やつながりができて、
そうなると勝手に批判ができなくなるかもしれず、
政府と対立するより協調した方が利益になると判断すれば、
企業としてはそういう方向へと行くのではないか。
そうでなくてもNHKなどは予算を政府に握られているから、
対立などありえないし、
政府自体が選挙によって選ばれた議員が内閣を編成して、
行政の長となっているわけだから、
いわば国民を代表しているわけで、
その国民を代表する政府と協調するのは
当然という論理も成り立つかもしれず、
実態はそうでなくても、
都合のいいように解釈することだってできるわけだから、
政府を批判するのもそれと癒着する大手メディアを批判するのも、
回り回って結局は国民への批判となって跳ね返ってくるのではないか。
たぶん民主的な制度が機能している国家において、
政治的な批判は全て
その国の国民への批判と解釈しておいた方がいいのかもしれず、
政治がひどいとするなら、
それはその国の国民がひどいということになりそうだ。
ならば政治的な批判をする人々はそのことを自覚すべきで、
安易に特定の政治家を罵倒して
溜飲を下げるような行為は慎まなければならないか。
別に慎む必要はなく、
やりたければ大いに罵倒していればよく、
それで溜飲が下がるならそれでも構わず、
それが回り回って国民に対する罵倒となっているとしても、
特定の政治家に対する罵倒が、
それによって何か状況が変わるとも思えなければ、
そんなのは無効であり無意味なのかもしれず、
だからいくらネット上で罵倒しても警察に逮捕されるわけもなく、
罵倒しっぱなしのまま放置されるだけなのかもしれない。
それと同じように政治的な批判も無効で無意味だとしたら、
その原因は何なのだろうか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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