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彼の声

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彼の声 2015.10.13 「実感と齟齬」

2015/10/14

何が変わったわけではない。
変わりつつあるのかもしれないが、
それを実感できないから、
何が変わったわけではないと思う。
だが何も変わらないわけではない。
ただ世の中の変化に敏感である必要がないのかもしれない。
現状を否定的に捉える必要もなく、
専制は王政から生じるとしても、
独裁は民主的な政治からも生じるわけで、
独裁には必ず民意が反映している。
政治的な独裁を許しているのは民衆だ。
だが独裁体制を倒すのは容易なことではなく、
議会の与党と官僚機構と産業界とマスメディアが
独裁体制を支えているわけだから、
一般の民衆がいくら寄り集まってデモや集会で体制批判を叫んでも、
それらの翼賛体制を倒すのはほぼ不可能に近いだろうが、
やらないよりはやったほうがマシで、
日本の今の政治体制が独裁に当たるかどうかはわからないが、
不満があれば表明したほうがいいことは確かだ。
要するに批判を継続させるしかなく、
それが改まらない限りは批判を続けるしかないのだろう。
一般の人たちにできるのはそんなことでしかなく、
今のところは
武器を使って暴力に訴えかける必要のない政治体制なのだから、
それが気に入らなければ批判するしかなく、
あとは選挙で野党の候補者に投票するしかないのだろう。
そんなわけでやることは簡単でたかが知れている。
それ以外には取り立ててやる必要がないのだから、
それをやればいい。
別に武装闘争をやる必要はないし、
自爆テロとかも不要だ。
戦争のない平和な地域にいるわけだから、
体制批判をしたからといって、
何を恐れる必要もないわけだが、
体制側にとっても体制批判の何を恐れる必要もなく、
体制に迎合的なメディアと連携して、
世論をコントロールできれば問題なく、
実際にそうなっているから、
何も言論弾圧などする必要もないのではないか。
もちろん著名人などが体制批判をしようものなら、
様々な方面から圧力がかかるのかもしれず、
公的な警察権力を使わないまでも、
仕事に支障をきたすなど、
陰湿な嫌がらせの類いが行われるのだろうか。
人によって立場の違いによって程度の差がありそうだが、
もしかしたらそういう村八分的な集団意識も、
薄れつつあるのかもしれず、
薄れつつあることに対する危機感が、
国粋的な主張をことさらに強調する人々の
跋扈につながっているのかもしれないが、
そういう面では世の中は確実に変化しているのであり、
その変化を押しとどめようとする勢力が現政権と結びつき、
なにやら復古調の世の中の実現を夢見て、
そういう傾向のメディアやネットなどで盛んに活動しているのだろうか。

それもどこまで勢力が拡大しているのかよくわからず、
どう考えても今さら過去には戻りようがないので、
たぶん弱肉強食の新自由主義的な資本主義が、
むき出しになってしまうのを隠すための方便でしかないのかもしれず、
その経済活動が国家に貢献しているように装うための国粋主義で、
国家に貢献することがなにを意味するのか、
それが国家の中のどのような勢力にとって利益となるのかが、
一般に民衆にとってはよくわからないところかもしれず、
単に政財官の利権複合体と
それに迎合的なマスメディアにとって利益となるのかも、
利益を得ているとされる側にとっても
その辺ははっきりしないところかもしれない。
なにやら権力関係のゲームをやっているつもりなのだろうが、
あるいは経済振興などをやっているつもりなのだろうが、
それがなにをもたらすかは、
実際に何かがもたらされてみなければ
わからないような状況なのだろうし、
同盟国とも対立国とも
様々な機会をとらえて首脳同士が顔を合わせて会談したり、
関係する部署の責任者たちが交渉したりしているのだろうが、
そのような活動が果たして有効に機能しているのか、
それともただの気休めに過ぎないのか、
その両方なのかもしれず、
しかもそうすることに大した意味も意義もないのかもしれないが、
とりあえず何かをやっているふりをしていないと、
他にやることもないだろうし、
やれることもないわけだから、
とにかく自分たちの役割分担がされた範囲内で活動しているわけだ。
そうやって誰もが操り人形のように操られながら、
形式的には動き回っているわけで、
折を見てそれに関して何か型通りに発言しているのだろうが、
実際に誰がそれらの人々を操っているわけでもないし、
何に操られている自覚もないのだろうから、
会談やら交渉の場が用意周到にセッティングされているとしても、
あらかじめ用意された原稿を読んでいるだけなのに、
それでも自主的に発言しているように思っていても、
とにかくそれが当たり前のことなのだから、
自分たちが操り人形や装置の歯車に過ぎないなんて気づくわけもなく、
何やら国家や国民のために勢力的に活動中なわけだ。
そう認識してはまずいのかもしれないが、
そこに主体がいないからそうなっているのかもしれず、
真の意味で目的がないのではないか。
何が誰にとっての利益なのかもわからない状況で、
景気が上向いたり国民総生産が増えれば、
その分が利益なのだと認識するしかないのかもしれないが、
人々の実感としてはそうでもなく、
何が良くなっているのかわからないまま、
とりあえず日々の生活に追われる毎日でしかないのではないか。

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創刊日:2001-03-26  
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