文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.10.7 「批判」

2015/10/08

人は何から逃げているのか。
自身にとって都合の悪い事実から逃げているのだろうか。
例えばやっていることや主張していることが、
以前の行いや主張とは異なっているなら、
それがその人にとって都合の悪い事実になるだろうか。
それが隠しようがなければ
素直にそれを認めればいいことでしかないのだろうが、
認めてしまうのが都合が悪ければ、
なるべくそのことについては触れずに、
その話題を避け続ければいいわけか。
そんなことをやっても逃げ切れるわけがなく、
いずれはその都合の悪い真実と
向き合わなければならない時がやってきたりするだろうか。
どうせ忘れた頃にそれを突きつけられて
気分を害される程度なら、
よくあることでしかないのかもしれないが、
それ以外で何かそれが致命的な弱点となることはないだろうか。
たぶんそうではなく、
その場の状況に順応することが優先された結果として、
過去とは違うことをやったり主張したりするわけで、
状況が過去とは違うのだから、
過去のことが忘れてほしいだろうか。
自分はそうかもしれないが、
それが他人となるとそうもいかないわけで、
他人を批判するときの常套手段として、
過去の言動を持ち出して、
現在の言動との矛盾点を指摘するやり方があり、
そうやって相手を批判すると、
相手も同じように過去の言動を持ち出して批判し返して、
互いに同じような批判の応酬によって、
議論が平行線に終わることがあるかもしれない。
それは自分が相手を批判したいという都合で、
相手の過去の言動を持ち出し、
相手も批判し返したいという都合で、
過去の言動を持ち出すわけで、
双方ともに自身の都合を優先させて、
相手をやり込めようとしているに過ぎず、
そのような批判をまともに受け止める必要はないのかもしれず、
そういう水準での批判なら大したことはないのだろうが、
それ以外の批判があるとしたら、
それはどんな批判になるだろうか。
少なくとも相手の過去と現在の言動の違いを説明しなけばならず、
その説明が相手にとって納得のいくものでなければならない。
そしてどのようにして言動が過去から現在の間に変化してきたのかも、
説明しなければならないだろうか。
批判によって相手を打ち負かそうとするのではなく、
過去から現在までの状況の変化を説明して、
自身や相手も含めて、
人々の過去から現在にわたる言動の変化を考察する必要がありそうで、
そのような言動と状況の変化を踏まえて、
今後どうするべきかを
批判のやり取りによって模索していくべきだろうか。
果たしてそんなやり取りが可能な場がどこにあるとも思えないが、
不毛な非難の応酬を
そういう方向へと持っていく努力が必要だろうか。
少なくともそういうことを心がけておけば、
いずれ実践する機会も巡ってくるのではないか。

もちろん巡ってこなくてもよく、
延々と相手の揚げ足取りをやっていれば、
それで済んでしまう場合もありそうで、
そういう水準での批判ならいくらでもできそうで、
それで何かをやっている気にもなれることは確かで、
そういうやり方が広く世の中でまかり通っている限りは、
誰もが安易にそんなことを繰り返している現状があるわけで、
そんな現状を維持し続けることに、
それらの批判が貢献しているのかもしれず、
そういう批判を繰り返している人たちは、
そうすることで自分たちが批判を繰り返せる状況を
維持したいのだろうか。
はっきりとは意識していないだろうが、
自分たちと同じことをやっている人たちに、
仲間意識を抱いていることは確かなようで、
ネット上などでそういう批判ばかりが拡散する傾向にあり、
中には悪質なデマのような効果もあるらしく、
その内容に共感する人から人へとあっという間に広がって、
批判される対象の著名人たちを苦しめている場合もあるようだ。
彼らにとってそれは誹謗中傷の類いと思われているようで、
日々不快な思いをしているのだろうか。
人気が落ち目の著名人なら、
それによって世間から注目されることを目的とした
炎上商法に利用できる場合もありそうだが、
そんな攻撃が執拗に続けられている状況そのものが不快に感じられ、
やっている人たちはざまあみろで気分はいいだろうが、
そういうのを頻繁に目にする関係のない人たちには、
世の中が荒んでいるように思われるだろうか。
そういう行為は飽きられるまで続けられ、
飽きられることがなければ、
それは娯楽の類いでしかなくなって、
実質的には何の効果もない人畜無害な行為となるかもしれないが、
多くの人がそれを不快に感じるなら、
やがてそういうことをやっている人たちは
相手にされなくなっていくのではないか。
他人が嫌がるようなことを執拗にやり続けていると、
それが回り回ってそんなことをやっている自身に
返ってくるのかもしれず、
返ってこなくても
次第に周囲から孤立していってしまう可能性もあり、
とりあえず多数派にはなれそうもない。
そして多数派になれないからこそ、
多数派がやるご都合主義的なごまかしを嫌ってきれいごとをいう人たちに
狙いを絞って攻撃を繰り返し、
そうすることで多数派に媚びているのだろうか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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