文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.10.2 「自明性」

2015/10/03

何が重要というわけでもなく、
誰がどのような役職についていようと、
そこでどんなことをやっていようと、
そんなことはそれほど気にならないものだろうか。
会社であれ役所であれ、
普段から接する機会がなければ気にかけないだろう。
そこにそのような機構があって、
何かしら組織や団体として活動しているなら、
それなりに機能しているわけだが、
そんなのが世の中にいくらでもあれば、
その地域はそれなりに繁栄しているのかもしれず、
そうやってそこに住んでいる大勢の人達が活動しているのだろう。
それ以上のことではないわけだが、
どうもそれでは済まないわけで、
何かそこに思惑があって、
その思惑通りに事が運ぶと、
何か良いことがあるかもしれないと期待するわけで、
何も見返りが期待できなければ、
活動している意味がないだろうか。
無意味かもしれないと思いつつも
活動している人はいるかもしれないが、
組織や団体となるとそうもいかないだろうし、
ボランティアでなければ、
そこで働いている人たちに賃金を払うことになるわけだ。
そうやって人を働かせないと世の中が回っていかないのだろうし、
働かざる者食うべからずの建前を、
守らせるような成り行きに持って行きたいわけだろうが、
人が嫌がる仕事をやりたがる人が
なかなか集まらない現状を変えるために、
誰かが何かうまい方策を思案中なのだろうか。
そんなものを考えなくても、
他で食いっぱぐれた人たちが、
働かないと食っていけないから、
やむをえずそんな仕事を嫌々やる羽目になるのかもしれず、
そういう人たちが世の中の底辺で働くことで、
社会がなんとか成り立っているのだろうか。
そんな仕事をなくす努力というのが、
どこかで行われているという話は聞いたことがないなら、
そういう仕事があること自体が、
元から世の中が格差社会であることを物語っているのかもしれないが、
それが自明のことであるという前提で、
政治的に格差社会をなくすにはどうすればいいかなどと
議論されているようなら、
要するにそれは欺瞞なのだろうが、
偽善や欺瞞がないと世の中が回っていかないことも確かかもしれず、
一方でそれを赤裸々に告発して、
社会の暗部を暴いてみせるメディアなどもあるわけで、
そういうメディアはそれをやることで商売しているわけだから、
それをやったところでどうにもならないとすれば、
そのような行為も一種の欺瞞だと言えるのではないか。
もちろん人が嫌がる仕事も本当にやり手がいなくなれば、
そんな仕事はなくなるだろうし、
なんとか工夫を凝らして、
嫌がるような作業をできるだけなくす方向で、
改善が図られるだろうし、
実際に絶えずそういう方向で努力が払われているのかもしれない。

逆に人がやりたがる仕事には応募者が殺到して競争率が高くなり、
なかなかその仕事にありつける人は少ない現状だろうし、
そういう面でも人々の間に格差が生じるわけで、
人気のある職業に就いた人は、
その人の努力と才能と強運のおかげだという正当化も可能だから、
それも欺瞞だとは思わなければ、
人の職業にも格差があることを肯定できるだろうか。
人気のある職業にありつけた人は、
おごり高ぶらずに謙虚な気持ちを失わなければ、
職業に人気があるだけに、
他の人々からも注目されて、
メディアが目をつけてその人のことを伝えれば、
著名人となれるかもしれず、
そうなると自己満足に浸れるだろうか。
少なくとも悪い気はしないだろうから、
なんとなくそれが望み通りの結果であったような
気もするのではないか。
社会的に人気のある職業であるからそこに多くの人をひきつけ、
その職業に就けた人は周囲から羨望の眼差しで見られることで、
当人もその気になって
何か大それたことができるような錯覚が生じるのかもしれず、
実際にそれを成し遂げようとするとき、
その人にあたかも権力があるように見られるだろうか。
大勢の人の中から選ばれた人が
政治的な権力を振るうのは当然という認識が、
人々の間に広がり定着しているとすれば、
それはそのような経緯から生じていることで、
そのような経緯が制度として社会に定着したのが、
選挙であり議会制度や大統領制などの政治制度だろうが、
果たしてそれが自明で当然のことだと思い込んでも
構わないのだろうか。
社会に定着した何らかの制度を自明のこととして認めた上で、
そこから議論を進めようとすると、
その制度をやめるという発想には行き着かないのではないか。
例えば選挙をやめてくじびき抽選にするというは、
そんなのは荒唐無稽で絶対にありえないことだと思い込めば、
はなから選択肢にさえならないわけだが、
それが社会の常識という偏見なのかもしれず、
人々を捕らえて離さない認識というのは、
それをどれだけ自明のことと思い込んでいるかに
依存しているのかもしれない。
事故の影響でその自明性を疑問に思う人が
だいぶ増えてきてはいるだろうが、
今でも原発推進派にとっては、
原発をやめるなんて絶対にありえないことだろうし、
また日本の有権者の大多数は、
共産党が政権を取るなんて絶対にありえないと思っているはずだ。
そして真に世の中が変わってほしいと思うなら、
それはそのような社会がもたらす、
思い込みや偏見の原因となっている物事の自明性を取り払って、
どれほど多くの人が
公平な判断ができるかにかかっているのではないか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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