文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.9.18 「人の燃焼」

2015/09/19

何が壊れかけているわけではなく、
相変わらず世の中を動かしている全ての機構は磐石なのだろうか。
多少の故障は許容限度内に収まり、
修理業者の仕事になるだけで、
システムの動作が妨げられることはなく、
人も機械の歯車となって、
それらの装置に取り込まれながら動いているわけか。
だが何が装置であるわけでもなく、
どこが劇場と化しているわけでもなく、
目に見えるシステムや劇場とは別に、
それに例えられる現象が起きているとも思えない。
ただそれを語るとなると、
装置や劇場の例えを持ち出して語ると、
何か気が利いたことを語っているような気になるだけだろうか。
実際に安保法案をめぐる政治的な駆け引きや、
アメリカの大統領選をめぐる報道などは、
茶番劇だと見なしてもそれほど的外れではないように思われ、
実際に高みの見物を決め込んでいる人は
そういうことを語りたがるのだろうが、
そういう言説へと誘い込まれるような成り行きがあって、
人を厭世的な気分にさせる状況というのがあるのだろう。
社会という装置が人をその装置の歯車にして、
その装置が円滑に動作するように、
メディアが絶えず世論調査をやりながら、
その調査結果に納得して、
そこで示された多数意見へと人心がなびくように誘導しているわけだ。
もちろん誰かが意図的に誘導しているわけではなく、
世論調査自体がメディア的な商品であり、
メディアは人々が興味を引くような情報を提供することが仕事で、
その興味を引く情報の一つが世論調査結果なのだろう。
それに興味を持つということは人々がそれを必要としていて、
人々が必要とする情報を提供するのがメディアの使命だと認識しても、
それほど間違ってはいないだろう。
そうやって社会という装置の一部としてメディアも稼動中なのだろうか。
そういう語り方で語ればそういうことになりそうだが、
どうやって社会はそれ自体が一つの装置として稼動しているのか。
それを動かす燃料して貨幣が絶えず注入され、
それを循環させることで稼動しているわけか。
貨幣は燃料ではなく潤滑剤といった類いかもしれず、
本当の燃料は地中から採掘される各種の資源や、
栽培し飼育して生み出される農畜産物や、
漁や養殖によってもたらされる海産物なのかもしれないが、
そこにさらに人も燃料として提供され続けているのかもしれず、
社会という装置は人を燃料として消費しながら
稼動しているのかもしれない。
もちろん人は自らが労働者であると同時に、
消費者であると自覚しているわけだが、
両者ともに社会にとっては消費されるものでしかなく、
人は使い捨ての消耗品の類いだと自虐的に語る以上に、
もはや燃料でしかないとしたら、
そんなたとえは受け入れがたいだろうか。

比喩的にどのように語ろうと、
人が語っていることに変わりはなく、
人が語っている以上に、
他のどのような意図や思惑が関係しているのでもないだろうが、
人が捉える装置という概念が、
人を人たらしめる文明や文化を生み出している当のものであり、
人が直接文明や文化を生み出していると思われがちだが、
人や人が獲得し作り出した物や情報が寄り集まって構成している社会が、
文明や文化を生み出していると捉えることも可能なのではないか。
その文明や文化を生み出す燃料として
人が消費されていると捉えたところで、
だからどうしたということになるかもしれないが、
人は単なる燃料などではなく、
意志も思考も感情を持ち合わせていると反論したところで、
ではその意志や思考や感情を用いて何をやっているのかとなると、
茶番劇を演じていることになりはしないか。
社会という装置が茶番劇を必要としているのだろうか。
それを茶番劇だと見なすなら、
実際にそこで多くの人たちが劇に加わって演じているわけで、
敵対して論争を繰り広げてみたり、
デモや集会で一緒に掛け声を叫んでいたりする。
人々がそのように動作して導き出されるのは、
なんらかの結論や結果なのだろうか。
それらの動作がただ人を消費するだけではないとすると、
後に残るのはなんなのか。
燃えかすや廃棄物でも残っているのだろうか。
確かに原発という装置が稼動すると
電力が生み出されて核廃棄物が残るわけだが、
では茶番劇が演じられると何が生み出されて何が廃棄されるのか。
生み出されるものは果たして有益なものだろうか。
それとも有害な廃棄物が残されるだけなのか。
そこで生み出される憎悪や対立が有益だとしたら、
何の役に立つものなのか。
それが装置の動作を活性化させるものだとしたら、
社会に憎悪や対立を蔓延させることで、
人がより激しく燃焼しやすくなるということだろうか。
激しく燃焼するということは、
それは社会が戦争状態にあるということかもしれないが、
そうなると社会が自己崩壊の兆しを見せているということか。
そこで壊れかけているのは社会という装置全体だろうか。
では壊れかけている原因はなんなのか。
装置が制度疲労を起こしていて、
いったん壊して再構築しないと、
もはや正常に動作しないということだろうか。
そうなると社会を壊すには人を激しく燃焼させる必要があり、
憎悪や対立を振りまいて、
誰かがあちこちに騒乱の火をつけて回っているのだろうか。
誰がどんな勢力がそれを画策しているわけではないだろうが、
ともかくそんな成り行きの途上にあるのが今この時点だろうか。

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創刊日:2001-03-26  
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