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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.9.13 「継続」

2015/09/13

別にそれが皮肉な結果ともたらすことを期待していたわけではないが、
考えられうる限りでのあらゆる可能性と不可能性の中で、
何か思いがけないことが起こり、
それが起こったことに驚きたかったのかもしれず、
できればそれによって、
今までに積もりに積もった身の回りの
煩わしい人間関係や世の中との関係が、
雲散霧消してリセットして欲しかったのかもしれず、
そうなってから新たな気持ちで
人生の再スタートでも切りたかったのだろうか。
だが現実はそんな都合のいい成り行きとはならず、
いつまで経っても何も起こらないことに苛立ち、
なんでもいいから何か起こってくれと願うが、
忘れた頃にやっと起こったそれは、
取るに足らない些細な出来事で、
それが起こったところで、
何でもない結果しかもたらさなかったことに落胆し、
興味を失ってそんなことはさっさと忘れてしまったらしいが、
今振り返ってみると、
それが何かの発端だったのだろうか。
よく考えてみればそういう解釈も成り立つかもしれないが、
逆に何をどう解釈しても納得がいかないのなら、
無理に出来事と出来事こじつけて、
その関連性を考えてみなくてもいいのではないか。
ただ今もそれの延長上にいるのかもしれず、
意識が相変わらずそこから生じたと思われる成り行きにとらわれている。
いったいその時そこで何が起こったのか。
そんな昔のことではなかったのだろうが、
記憶があいまいではっきりしたことは思い出せない。
つい最近の出来事なら覚えているが、
大雨と地震はどちらが先に起こったのか思い出せない。
地震は大した被害も出なかったかもしれないが、
大雨の方は河川の堤防が決壊して、
死者や行方不明者が出たらしい。
それと何を関連づけようとしているのでもなく、
毎年のように大雨が降れば洪水が起こり、
河川の堤防が決壊したり土砂崩れによって
死者や行方不明者が出るのであって、
それを異常気象やエルニーニョ現象や地球の温暖化と関連づけても、
ありふれた言説の範囲内にとどまるばかりだろうか。
では何と関連づけて語ればいいのか。
その必要がないだろうし、
無理に語る必要もない。
思いがけない出来事によって死んでしまう人もいれば、
災害に巻き込まれても助かってしまう人もいる。
そして災害が起こるのを待ち望んでいても、
身の回りでは何も起こらずに、
退屈を持て余している人もいるだろうか。
何かを待っているのではなく、
自ら積極的に動いて
何かを起こそうとしている人もいるのではないか。
実際に何かをやっているのなら、
それが何かを起こしていることの証しとなるだろうか。
そこにどんな目的があるのかわからないが、
たぶん目的もなく動いていても構わないのであり、
自分のやっていることがなんだかわからないまま、
それでも神に導かれるように
何かをやっている人もいるのではないか。
もちろん何に導かれているとも思えなくても構わない。

そしてその何かをやっているという現実がもたらされているわけで、
それ以外に何がもたらされているわけでもなく、
何を期待しているわけでもないのではないか。
そのやっていることに対して見返りや報いを期待するのは、
見当はずれか欲張りすぎなのかもしれず、
そこまで考える必要はなく、
現実に何かをやれていることで満足すべきなのかもしれないが、
やはりそれをやっている以上はその先を考えてしまうのだろうし、
それによって何か思いがけないものが
もたらされるかもしれないと期待してしまうのは、
自然の成り行きなのかもしれない。
そしてやっている以上は
そのやっていることが満足のいくものになるように、
絶えず向上心を持ってやるべきだろうか。
それも自然の成り行きで、
人は誰でも自らのやっていることを極めようとして、
たえまない精進に励んでしまうのだろう。
できれば自分にしかできないような
究極の行為を目指してしまうのかもしれず、
人によっては身を滅ぼすまでやってしまうだろうし、
命を削ってまで努力してしまう人もいるかもしれないが、
趣味や娯楽の範囲内なら
なんとか死ぬ手前で立ち止まろうとするだろうか。
もちろんそれが仕事であっても過労死は避けたいところだが、
趣味や娯楽でも仕事でも、
がんばりすぎて身を滅ぼしてしまう人など
いくらでもいるのかもしれない。
そういう人はブレーキが利かない反面、
とんでもない領域まで
やっていることを高められる可能性があるだろうか。
芸術的な方面で夭折した天才と評される人などが
それに当たるかもしれないが、
それほど才能がない一般の人たちなら、
なんとか趣味や娯楽の範囲内で楽しめばいいのだろうが、
それも結果論でしかなく、
趣味が高じてものすごいことを成し遂げてしまう人も
中に入るだろう。
ほんの些細なきっかけから軽いノリでやり始めたことが、
後々とんでもない結果をもたらすかもしれず、
それを始めから期待するわけにはいかないだろうが、
なんとなく続けられているうちは
続けていたほうがいいのかもしれず、
続けられているのだから、
まだ飽きていない証拠だろうし、
まだ行き詰っていないわけで、
またたとえ行き詰ったとしても、
好きでやっていることなら、
それを乗り越えられてしまう可能性も十分にあり、
山あり谷ありで途中でやめてしまっても、
何かのきっかけで再開することもあるようで、
完全にきれいさっぱりやめて諦めてしまうケースなど
まれなのではないか。
たぶんそこで勘が働くのかもしれず、
ふとした拍子に妙案が思い浮かぶこともあるだろうし、
やれている現実がある限りは
楽観的に思っていたほうがいいのかもしれない。
そして実際になんとかなっているのだから、
そんなことをやり続けていればいいわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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