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彼の声

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彼の声 2015.9.10 「二つの関係」

2015/09/10

批判する人たちは相変わらず同じように批判するしかないようだ。
だが結局何がどうなっているのでもないだろうか。
以前とは何かが違うようにも感じられ、
それが勘違いでないことを祈るでもなく、
別に勘違いであっても構わないような気がするだけだが、
何も変わらないわけではないのだろう。
確かに株価が上がったり下がったりしているだけかもしれない。
あとは為替相場と債券相場と原油相場と金利などが変動したりするわけか。
資本家や金融機関などはどこに投資しているのだろうか。
儲かる可能性があればどこにでも投資するだろうし、
実際に投資して儲けたり損したりしているのではないか。
そしてそれがどうしたわけでもなく、
他の人たちも生きている限りは何かやっているわけだ。
そういう問題ではないのだろう。
では何が問題となっているのだろうか。
様々なことが問題となっていて、
人それぞれで問題が違うから、
一概には言えないわけか。
たぶんそこに問題があり、
多くの人たちが同じ問題を共有できない事態となっているのかもしれず、
同じ問題を共有させようと躍起となっているマスメディアも、
なかなか一般大衆が踊り出さずに商売あがったりで四苦八苦だろうか。
でも大手はつぶれる気配すらないわけだから、
それなりに広告収入があって購読者や視聴者もいて、
儲かっているのだろうか。
神戸のサカキバラ少年もすっかり大人になったらしく、
手記みたいな本を出版して一部で話題となっているようだが、
残忍な人殺しをして罪を免れたわけだから、
腹立たしい人もいるみたいだ。
連続幼女誘拐殺害事件の宮崎勤氏や、
小学校に乱入して複数の生徒を殺した宅間守氏などは、
もうとっくに死刑が執行されて、
事件も忘れ去られてしまっただろうか。
当時も今も相も変わらず命の大切さを訴えている人がいて、
いつの時代も同じようなことを訴えている人がいる一方で、
相も変わらず世界中で多くの人たちが殺されている現実があり、
一般の人の間では、
それの何が問題となっているわけでもないだろうが、
アメリカでは人殺しの道具である銃の規制派と、
人殺しから身を守る道具でもある銃の必要性を訴える反対派との間で、
相変わらず対立が続いているのかもしれず、
人が大勢集まっているところで
銃を乱射する事件もたびたび起こっているようだ。
人にとって役に立つ道具は、
人殺しの役にも立つわけで、
人殺しを必要としている人がいる限りは、
人殺しの道具もあり続けるだろうし、
実際に必要だから人が殺され続けているわけだが、
人殺しに至る成り行きというのも、
社会の中の動作としてあり続けているのかもしれない。
人と人とが対立し、
大勢の人が寄り集まって形成される組織と組織も
対立する成り行きがあるわけだから、
対立がエスカレートすれば
殺人に至らざるを得ない場合もあるのかもしれず、
またサカキバラ少年のように小動物を殺す行為が高じて、
人殺しまで至ったケースもあったわけだから、
それを防ぐのはなかなか難しいだろうか。

とりあえず肉食動物なら
獲物を殺して食べないと自身が生きて行けない事情があり、
人も肉食だから獲物として家畜や魚介類が必要なわけだが、
獲物でない動物や人間を殺すと非難の対象となるだろうか。
獲物がイルカやクジラだと、
イルカやクジラが友達の人たちから非難されるわけだが、
娯楽のハンティングでライオンを撃ち殺した人も非難されているし、
象牙やサイの角目当てで象やサイが密猟されている現実もあり、
人には生き物を殺す習性があるとみなしておいたほうがよさそうで、
その殺される生き物の中に人間自身も含まれていて、
大ぴらに殺すと社会が成り立たないから、
人殺しは法律で禁止されているわけだが、
実際に殺されている現実がある。
大前提として人は人にとって邪魔な存在にも
利用できる有益な存在にもなるわけで、
邪魔ならそこからいなくなってほしいし、
有益なら自分のために働いてほしいと思い、
そんな利害関係だけから人の価値を判断するなら、
人と人とは対立したり協力したりするだけとなってしまいそうだが、
どうもそれだけでは済まないような関係というのがあるらしく、
それが愛し合う関係だと説く人たちもいるわけだが、
人は人殺しのサカキバラと名乗った人物を愛せるだろうか。
サカキバラ氏は今や愛すべき存在だろうか。
手記を出版して一部で話題となり、
本を買って読んだ人もいるだろうから、
たぶんそうなのではないか。
もちろん大半の人たちにとっては憎むべき存在なのだろうが、
中には彼を愛している人もごく少数ながらいるのではないか。
もしかしたら悪人と評される人物ほど、
愛憎入り混じった存在となるのかもしれず、
その人物がやった行為ややっている行為が酷ければ酷いほど、
人はその人物を憎みながらも愛しているわけで、
それは利害を度外した感情の発露なのかもしれない。
例えばイルカやクジラを漁の対象としている人たちは
利害関係からそうしていて、
それを非難する人たちはイルカやクジラを愛しているわけで、
日頃牛肉や豚肉を食べているとしても、
愛の対象となっているイルカやクジラを
殺して食べている人たちが許せない。
たぶんその辺で両者の議論がかみ合わないわけで、
利害関係と愛憎関係は位相が違う関係なのだろう。
もちろん多くの人が二つの関係を混同して、
利益をもたらす存在を愛して、
損害をもたらす存在を憎んでいるつもりになるわけだが、
それはしばしば逆になり、
利益をもたらしているにもかかわらず憎むべき存在となったり、
それを愛することで多大な損害を被っているにもかかわらず、
愛しているからそれにのめり込んで
身を滅ぼす羽目になったりするわけで、
理性的になろうとするなら、
その二つの関係を冷徹に区別してかかればいいわけだが、
愛憎関係は感情の問題だから、
いったんのめり込むと理性が吹っ飛んで
冷静さを失ってしまうのだろう。

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創刊日:2001-03-26  
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