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彼の声

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彼の声 2015.9.8 「国家と政治」

2015/09/08

偶然の巡り合わせと必然的な成り行きによって、
現実が動かしがたいものとなった時、
人も組織もそれに対処しようとするだろうか。
実際に対処しているわけで、
今まさに対処している最中なのだろう。
そして対処しながら、
これからどうすべきか考えれば考えるほど、
何を考えているのかわからなくなるだろうか。
いったいそこで何を考えているのか。
現状で考えられる範囲で考えるしかなく、
現時点ではそれ以上は考えられないことに気づくだけか。
確かに考える前に何かやっているわけで、
そのやっていることが現実に対処していることになるわけか。
そう考えれば納得がいくだろうか。
消費税を10パーセントに上げたところで、
国の財政健全化への道は厳しそうだが、
もう何十年も慢性的に巨額の赤字を出している国家財政を、
どうやれば立て直すことができるのだろうか。
立て直すことなどもはや不可能なのだろうか。
あるいは立て直さなくても良く、
毎年増え続ける赤字額を減らさなくても構わないのだろうか。
すでに何十年もそのままなのだから、
これから先も何十年も大丈夫だとは思えないが、
やはり財政破綻の時が刻一刻と近づいているのだろうか。
実際にその時になってみないことにはなんとも言えないか。
たぶんどこかで犠牲を払わないことには
どうにもならないような雰囲気だが、
公務員数を削減したり給与の額を下げたり仕事を減らしたりするのは、
どうも現状ではできないような成り行きとなっている。
官僚機構も政権与党の政治家たちも、
そのつもりがないように感じられ、
逆に予算額を増やして
借金財政に拍車をかけようとしているのではないか。
景気が良くなれば税収が増えて、
財政赤字が縮小するというは、
期待はずれの雲行きのようだが、
緊縮財政にすればいいのかというと、
財政破綻した国は緊縮財政にしても破綻したわけだから、
危なくなってから緊縮財政にしても、
もう手遅れということだろうか。
ではどうすればいいのだろうか。
特別会計という埋蔵金があるだの何だのという人も
いないわけではないが、
今のところはそれを活用しようとする気配は感じられず、
そんな主張をしている人たちが政権を握る可能性も、
今のところはほとんどないようだ。
他の国の例を見ると、
財政破綻してから考えればいいということだろうか。
考えるのではなくIMFがなんらかの勧告を出して、
それを受け入れることになるわけか。
それでうまく行く行かないではなく、
債務の減免などの財務整理のような処理を行うだけで、
それで一件落着となるわけではなく、
最終的には国民が苦しむのだろうが、
そうなると今は議会の野党勢力である共産党などが、
政権を握るチャンスが巡ってくるのかもしれない。
現に財政危機のギリシアでは、
急進左派勢力が一時的に政権を握ったわけだ。

もちろん財政破綻してから政権を握ったところで、
何ができるわけでもなく、
ただ債務整理に追われるだけで、
何もできないまま政権を投げ出すことになるわけか。
そうなると財政破綻させた政治勢力に
また政権奪取の順番が回ってくるわけで、
日本の現政権も別に財政破綻など気にする必要はなく、
やりたい放題やって、
めちゃくちゃにしてから政権を投げ出せば、
次の政権が何もできずに自滅するのを待って、
ほとぼりが冷めた頃にまた政権に返り咲ける
というカラクリなのだろうか。
もしかしたら数年前の政権交代も実際にはそういうことで、
政権に就いた民主党がほとんど何もできずに自滅して、
また自民党が政権に復帰して、
今やりたい放題やっている最中なわけか。
たぶんそんなことを繰り返していくうちに、
どんな政治勢力が政権に就いても何もできなくなってきて、
国民が政治に何か期待することもなくなり、
政治家も何をやったらいいのかもわからなくなって、
政治自体がどうでもよくなっていってしまうだろうか。
もしかしたらそうなるのが必然的な成り行きなのかもしれず、
今がまさに政治家と官僚たちが、
国家を消尽させている最中なのかもしれない。
そして彼らが国を食い物にしながら
行き着くところまで行き着くと、
国家財政が破綻する結末が到来するのだろうか。
だがそうなっても国が消滅することはなく、
適当に妥協的な債務整理を行ってから、
またリセットして一から出直しとなり、
そ知らぬ顔して政治家と公務員と
それらと癒着して国家から金を引き出そうとする輩が群がってきて、
国民からむしり取った税金を放蕩し始めるわけか。
悪く言えばそういうことになるかもしれないが、
政治家も国民の幸福を実現するために、
命がけで仕事に邁進するとか言うだろうし、
公務員も国民の公僕としての職務に忠実であるべき
とかいう訓令みたいなのに、
表向きは従っているわけだ。
果たしてこれから先も延々とそんなことが繰り返されるのだろうか。
あるいはそれをやめるきっかけが不意に見出されたりして、
国家とそれを支える官僚機構が瓦解するようなことがあるのだろうか。
瓦解したところでまた再建されたら、
同じことが性懲りもなく繰り返されそうだが、
国家も専制君主制や王侯貴族による民衆の支配から脱して、
形だけでも民衆に主権があることを明記した憲法なども採用され、
民主主義的な体裁を整えてきたわけだから、
この先デモクラシーという語源が示す民衆による支配からも脱して、
支配のない世界へと社会の構造が進化したりするのだろうか。
支配がなくなれば国家も民主主義も不要になるわけだが、
とりあえず今のところはありえない話のようだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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