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彼の声

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彼の声 2015.9.5 「政治的な対立」

2015/09/06

世の中には様々な組織や団体があり、
それらの組織や団体が互いに利害関係で結ばれていたり、
対立していたりするわけだが、
それらに属している人たちも、
属している組織や団体を通して協力関係にあったり、
対立関係にある場合もあり、
そのような関係を超えて何か考えられるだろうか。
個人で何か考えているつもりが、
自然と意識せずに属している組織や団体の利害関係を
考慮に入れている場合があるだろうか。
個人の意識が社会的な諸関係から独立してあるわけではなく、
それらの関係から構成されていると考えれば、
それらの関係の中の一つとして、
所属している組織や団体との関係があると捉えておくのが
無難なところだろうか。
その関係や結びつきが個人の考えに影響を及ぼしているとしても、
それ以外の関係や結びつきもあり、
家族や友人や地域との関係や、
人間関係以外だと飼っている犬や猫との関係や、
生物以外との関係だと書物や音楽や趣味との関係や、
世界や地球や宇宙との関係など、
無数の関係や結びつきがありそうだが、
普段は特に意識せずに過ごしているのだろうし、
自分という存在さえ、
改まって考えてみることもなく、
何やら言葉を使って他人と意思疎通を図ろうとしたり、
自分の意見だと思っていることを文章にしてみたり、
ネットに書き込んで反応をうかがってみたりしているわけだ。
そしてたぶんその主義主張が他人のと似通ったものであるとすると、
似た者同士で連携して徒党を組んで、
賛同者を募ってなんらかの組織や団体を立ち上げる機会が
巡ってくることもあるのだろうし、
実際に世の中にはそんな組織や団体が無数にあるのだろう。
たぶんそこまでは何を意味しているわけではないし、
人や人が集まって構成する社会の中には
そのような性質や作用があって、
小さなものは趣味で集まった仲良しグループや私的な政治結社などから、
大きなものとなると大企業や国家や国家が集まって構成する連合体まで、
それらが互いに連携したり対立したりしながら、
所属する人が重複し錯綜しているわけだが、
それらの組織や団体の利害が完全に一致することはまずないだろうし、
利害を超えて連帯することもないだろう。
その時々で和解や融和はあるだろうが、
それがいつまでも続くとは限らないし、
何かのきっかけで対立関係に入ることもあるだろうし、
実際に特定の事情によって
激しく対立している組織や団体などいくらでもありそうだ。
そして対立する組織や団体は、
互いに味方の数を増やそうとして、
他人を自分たちの陣営へ引き入れるための、
勧誘活動に励んでいる場合もあるだろう。
人が大勢寄り集まって構成する社会の中では、
昔からそんなことが延々と繰り返されてきているわけだから、
それ自体をやめさせることはできないだろうし、
そんな派閥争いのような行為を
いちいち批判しても無意味だろうか。
では何をどう考えればいいのだろうか。

絶えず対立を回避しつつ連携を模索していけばいいのだろうか。
平和を目指すならそうするしかなく、
実際に各国の首脳なども
口先だけなら世界平和を目指す姿勢を見せているわけだが、
特定の国が良からぬことをやっているとみなすと、
その国がやっている行為を非難して、
制裁を課すために
他の多くの国に対して同調を呼びかけたりするわけだ。
密かに核開発を行い実際に核実験までやった北朝鮮に対しては、
実際に多くの国が経済制裁を行っているのだろうし、
核開発疑惑のイランに対しても
つい最近まで同様な制裁が行われていて、
クリミア半島を占領したロシアに対しては
行われている最中のようだが、
それらの国は制裁が行われて実際に経済状態が悪化して、
国民が困っているのかもしれないが、
その原因を作った国家の指導者は別に困った様子もないようで、
権力の座から引きずり降ろされる気配もなく、
必ずしも効果が出ているとは言い難いところだが、
やるとなるとそんなことしかできない状況なのかもしれない。
たぶん国家の間では他に対立する理由が見出せないのであり、
世界的にはっきりした対立軸がない状況なのではないか。
では対立よりも結びつきが強くなっていると言えるだろうか。
経済の面では少なくともほとんどの国が結びついているのではないか。
鎖国状態の北朝鮮でさえ
隣国のロシアや中国と経済的に結びついていないと
やっていけない状態だ。
そして政治が経済に連動しているとすると、
経済を介して国家同士も結びつくしかなく、
経済的に結びつくと、
結びついたどの国でもやっていることが同じになって行き、
やがてどの国の社会構造も同じようになり、
国と国の間でやっていることの違いがなくなってくると、
国家の存在意義も次第に薄れてきて、
国家間の対立を煽るだけの政治家のやることもなくなって、
あとはただ行政を担う官僚機構が、
制度に基づいて作動するだけで済んでしまうような事態になるだけで、
世界各国の官僚機構のやる仕事も
同じようなものでしかなくなっていくのではないか。
そしてどの国も同じようなことしかやっていないのなら、
国が複数ある必要はなく、
やはり世界各国は次第に一つに統合されていく可能性があるだろうか。
国と国とが対立しなくても済むなら、
そういう方向で事態が進んでいくかもしれないが、
果たして今後国家間で明確な対立軸を見出せるだろうか。
あるとすれば埋蔵資源の地域的な偏りだけかもしれないが、
結局資源も売らなければ商売にならないわけだから、
資源の売り先が外国にあるなら、
その外国と経済的に結びつくしかなく、
輸送コスト以外での国の内外で価格差がつくこともないだろうし、
企業活動を通して物や情報が
国境を越えて行き交うような状況が続いていく限り、
保護主義的な政策も
次第に意味も効果もなくなっていくのではないか。

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創刊日:2001-03-26  
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