文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.9.4 「政治劇場」

2015/09/05

そこで誰かが何かを主張していることは確かだ。
だがその主張の中身を額面通りに受け取れないのは、
それに興味がないか信用していないかのどちらかだろうか。
どちらでもないとしたらなんなのか。
単につまらないだけか。
おもしろくなければ興味を持てないだろうか。
そういうことではないのかもしれず、
それらの主張に反発や反感を覚えるのだろうか。
あるいはそんな主張ではだめだと思われるのか。
全てがだめだとは思わないが、
批判したくなってくることは確からしい。
ただ批判しても仕方がないと思われてしまうから、
やはり批判せずに済ませているのではないか。
スルーするしかないのかもしれない。
聞く耳を持たない人々に何を言っても無駄とは思わないが、
現状では説得力のあることを主張できないのかもしれず、
真正面から批判せずに皮肉や冗談程度にとどめたくなってくる。
そんなことをやっても何の反応も返ってこないのだが、
それが無難なやり方に思えてくる。
そう思っている時点ですでに逃げ腰になっているようだ。
その程度で済ませればその程度の内容となり、
何を批判しているのでもないことになりそうだが、
果たしてそれでいいか悪いかよくわからない状況に感じられ、
それに関して大したことは何も語れないのかもしれない。
だがそれとはなんなのか。
果たしてそれは政治的な現状なのだろうか。
たぶんそうなのだが、
別に特定の主義主張があるわけではなく、
なんだかはっきりとは何もわからない状況に感じられ、
下手に政府批判をする気も起こらないし、
政府に批判的な主張をしている人たちを批判する気も起こらず、
ましてやネトウヨ批判などどうでもいいような気がしてくる。
この意味不明でどうでもいいような心境は何なのか。
現状がどうでもいいような状況だとは思わないが、
何かがずれていて、
そのずれを感じ取れない人たちが、
政府を批判したり、
その批判している人たちをまた批判し返したりしているわけだ。
それらの全てがことごとく横道に逸れ続け、
絶えず敵の揚げ足を取りながら、
枝葉末節な問題提起を繰り返すわけだが、
批判されている政府や与党のやっていることも、
懸案事項に真正面から取り組まないで、
搦め手から泥縄式にやろうとするので、
やっていることが何のための何なのかよくわからないし、
その辺をまともに説明できずに、
誰でも批判できるようにわざと醜態をさらしているようにも思われ、
まるで相手が批判疲れになるのを狙っているような按配だ。
そしてどうぞ批判してくださいと言われて、
批判している側ももう何ヶ月も延々と同じようなこと批判している。
これは何かの罠なのだろうか。
たぶん誰がどんな政治勢力が仕掛けたわけでもないが、
何かの罠として機能していることは確からしく、
その罠にはまった人たちが、
実際に身動きが取れずに拘束されているのに、
罠の中で何か活動しているつもりでいるわけか。

そんなはずがないと思いたいが、
罠であると同時に、
何もできないことの目くらましとしても機能しているのかもしれず、
何もできないから、
反対する人々に反対運動をさせることで、
何か政府与党が
とんでもないことをやろうとしているように見せかけていて、
世論を盛り上げようとしているのかもしれない。
政治とはもともと祭り事であり、
人々にお祭り騒ぎをやらせれば、
結果的に何かやっていることとなり、
何かまだ政治が政治として機能しているように、
人々に思わせる効果があるのではないか。
だから批判してほしくてわざとおどけて見せているのかもしれず、
大勢の人たちが街頭へ出てデモ行進をしているのを見て、
批判の対象となっている人も内心ほくそ笑んでいるのではないか。
たとえ批判や非難であっても大いにやってほしいだろうし、
騒げば騒ぐほどその対象となっている自分が
何か特別な存在であるかのように思われてくるのではないか。
誰からも相手にもされないで、
無視されたり無関心を装われるよりは、
罵声を浴びせかけられる方がよほどマシなことだろうか。
ともかく敵から相手にされていることは確かであり、
もしかしたら強敵だと思われているかもしれず、
大勢の人たちからよってたかって非難されれば、
むしろ何くそという闘志が湧いてくるのではないか。
何もやれずに平穏無事に何事もなく一生を送るよりは、
世間から注目を浴びるようなことをやって
目立ちたいと思うかもしれず、
そういう意味ではこれだけ世間の注目を浴びている今が、
人生の絶頂期だと思ってもおかしくはないだろう。
自分では何もやらずに
周りが全て仕切ってくれているのかもしれないが、
しかも自分が主導権を取ってやることなすことが、
ほとんど嘲笑の的となっているのかもしれないが、
結果的には自分に全て批判が返ってきて、
自分が諸悪の根源だと思われていて、
逆に言えば最重要人物であるかのように思われているわけだから、
天狗になったり有頂天になるのも無理はないかもしれず、
自分が自分の力で
何かを成し遂げつつあると思い込んでも
なんら不思議ではないだろう。
そういう意味では彼もまた罠にはまっているのであり、
彼に罵声を浴びせかけている人たちと同じ舞台に立って、
彼の場合は物語の中心的な役割を担う主人公を演じているわけだ。
他の誰よりも目立っていて、
彼の一挙手一投足が人々の話題に上らない日はなく、
彼が公の場で何かをやれば、
すぐに民衆がそれに呼応して
非難の言葉を発しながらデモ活動をやる演劇空間の中で、
まさに自分を中心に世界が回っているような感覚になっていても
おかしくはないだろう。
それは一昔前の小泉劇場とはまた一味違う
劇場政治となっているのではないか。
そしてそんな中でも彼なりに野次を飛ばしながら
楽しんでいる節もありそうだが、
実質的には何もかもが空回りしてる茶番劇の類いだと嘲笑しても
無視されるだけだから、
そういう皮肉は通用しないし無効だろう。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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