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彼の声

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彼の声 2015.8.27 「状況と成り行き」

2015/08/27

やっていることが何の役立つかわからないが、
今やれることをやっておくべきなのだろうか。
実際にやっているわけで、
やれることをやっている最中なのではないか。
ともかく選択の余地はなく、
やれることしかできない状況なのだろうから、
そこで思考停止して居直るわけにはいかず、
自分なりに勘を働かせて
何かをやっているつもりになっているようだが、
果たしてこれでいいのかどうかはわからない。
良い悪いの判断がつかないというか、
判断しようがないわけで、
それが良くても悪くても、
結果的にどうなろうと、
やれることをやっているわけだ。
要するにそれでは何の言い訳にもならず、
やっていることを正当化すらできない。
良いも悪いもなく、
ただやれることをやるだけの状況が続いているだけではないのか。
そして世界中で何かをやっている人々も、
みんなそうだとすると、
現状のとりとめのなさも説明がつくだろうか。
世界のすべての人たちが、
その人にとって選択の余地のないことをやっているとすると、
やっていることの善し悪しを言ってみても、
やっている当人にとっては選択の余地がなくやっていることだから、
たぶん他人からあれこれ言われてもやめようがないのではないか。
その人にそれをやらせている状況や成り行きがあって、
やらせている状況や成り行きが変わらない限り、
やっている当人はそれをやめようがないわけだ。
だから他人や敵対する勢力がやっていることを批判するのは簡単だが、
それをやめさせるのは容易なことではない。
強引にやめさせようとすれば暴力の行使に行き着くしかなく、
そこには戦争に至るような状況や成り行きがあるわけだ。
そしてそのような状況や成り行きによって至った戦争を
やめさせるのも容易なことではない。
いったん何かをやり始めると
後戻りができなくなることが多いのかもしれず、
状況や成り行きが変わるまではやらざるを得なくなり、
後から省みれば
途中でやめる機会などいくらでもあったと考えられる場合も、
その時その場に身を置いている人たちからすれば、
どうにもやめられない状況や成り行きのように感じられるのだろう。
結局行き着くところまで行き着いてしまうのだろうし、
それが戦争ともなると
取り返しのつかない損害が出てしまうわけだ。
だから戦争はなるべく回避しなければならない、
という教訓が導き出されるかもしれないが、
たぶんそのような状況や成り行きになってしまうと、
いやでも戦争に至ってしまうのではないか。
では戦争に至るのを止める手立てがないかといえばそうでもなく、
実際に戦争をやればやるほど、
その損害がでかくなればなるほど、
戦争をやる敷居やハードルが高くなるのかもしれず、
世界的にだんだん戦争をやりづらくなっているのかもしれず、
今や中東やアフリカなどの紛争地帯以外では、
実際に戦争が行われていないし、
戦争に至るような
状況や成り行きになりづらくなっているのかもしれない。

そして世界的に戦争がやりづらくなっているのに、
どうしても強引に戦争をやろうとして、
実際にやるような状況や成り行きとなって、
戦争を大々的に行った場合、
たぶんこれまでのどの戦争よりも大規模かつ甚大な被害を出して、
それ以後はもう二度と戦争ができないような
状況や成り行きとなるかもしれず、
それが実際に戦争をやる人類そのものが滅亡してしまうか、
あるいは世界が統一され
戦争をやる国家が消滅して恒久平和が訪れるのか、
または今までとそれほど変わらない状況や成り行きとなるのか、
その辺がどうなるのか
現状から推測するのは難しいかもしれないが、
今までにも戦争をやった結果として、
戦争を抑止する機能を担った国連や、
戦争や戦争をやるための武力を放棄した
日本国憲法などが生まれたわけだから、
今度また大規模な世界大戦のような戦争をやれば、
さらに戦争をやりにくくするような
機構やルールなどができるのではないか。
要するに現状の戦争を抑止する仕組みやルールが不十分で、
それがもとで戦争になるとすれば、
いったん戦争が終結すれば抑止する仕組みやルールも強化され、
さらに戦争がやりにくい世界へと進化するのかもしれない。
そうだとするとこれから戦争が起こるにしろ起こらないにしろ、
どちらにしても世界は
戦争をやりづらくなるような、
状況や成り行きへと向かっていると考えたほうがいいだろうか。
現状でも国会に提出された安保法案を戦争法案と言い換えて、
反対運動が盛り上がっている最中かもしれず、
その結果がどうなるにしろ、
たとえ運動が下火になったとしても、
人々の意識に法案に対する不快感が残るだろうし、
また沖縄の米軍基地反対運動などにしても、
米軍によるアフガンや中東やアフリカでの
戦闘行為に対する恐怖感もあり、
また米兵による基地周辺での犯罪行為に対する
不快感もあるだろうし、
多くの人たちが軍隊に対して良い印象を持っていないことは確かで、
それは北朝鮮や中国やロシアなどの、
強権的な政治がまかり通っている国々での、
軍事パレードや軍事演習などを
ニュースで見かけることからもくる悪印象だろうが、
その根底には武力などの暴力によって
強引に状況や成り行きを変えて、
人のやっているをやめさせたり、
強制的にやらせたりすることへの反感が含まれているわけで、
そのような力こそが
国家による国民への強制力の根源であることが、
国民と呼ばれる人々の間でも
薄々気づかれていることの証しなのかもしれず、
子供の頃から続けられる様々な国家による洗脳教育に妨げられて、
はっきりとは意識されないし理解できないまでも、
暴力を伴った行為がいかに理不尽で不条理な行為であるかは、
たぶん誰もがわかっていることなのだろうし、
国を守る軍隊や国内の治安を守る警察機構などが、
国家の暴力装置として
それを体現していることも薄々気づいているのだろう。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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