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彼の声

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彼の声 2015.8.16 「原因と結果の取り違え」

2015/08/16

別に思い違いをしているわけではない。
人は他から必要な物や情報を奪ってこないと生きて行けない。
ただで手に入らないものは買ってくるしかない。
買うためには金銭がないと買えず、
金銭を得るには何かを売らないと得られない。
ただで金銭を得られたら売る必要はないわけだが、
なかなかただでは手に入らないのが金銭だ。
そしてそれが社会の基本的なルールとなっている
物や情報や労働の売り買いの仕組みを、
簡単に変えることはできないし、
変えるわけにはいかないのだろう。
だからそこから話を始めてもどうなるわけでもなく、
まずは物や情報や労働の売り買いを前提として、
どう売ったり買ったりすれば
自分に有利に働くかを考えるべきなのだろう。
要するにそこから先は
いかにして金を儲けるかの話となってしまう。
そしてその金儲けを否定するわけにはいかないとすれば、
人道主義的な人間の尊厳とかいう価値観も、
金儲けが成り立つ範囲内でということになるしかない。
そうなると金儲けが成り立たなければ、
人間の尊厳もへったくれもなくなってしまうこととなり、
儲けるための搾取が当然の行為として行われるわけだ。
結局ヒューニズム的なきれいごとを言うには、
まずは金儲けに成功して裕福になってからということになり、
慈善事業に多額の寄付をするには、
いかにして金を儲けるかという話となるわけだ。
そこに社会の基本的なルールである
物や情報や労働の売り買いの不条理があり、
その不条理を突き詰めて考えていくと、
結局は金儲けという行為に行き着くだろうか。
金儲けのやり方に制限や歯止めをかければ、
搾取などの非人道的な行為がなくなるかのように思われがちだが、
それはあからさまな奴隷労働などが罰せられるだけで、
魅力的な商品が高く売れて高収益を出すのを止めることはできない。
結局そこから貧富の格差が発生するわけで、
汗水垂らしていくら働いても、
低賃金しか得られない労働を余儀なくされている人々は
貧乏になるしかなく、
有り余る資金を確実な投資に回せる人たちには、
黙っていても大金が入ってくるわけだ。
またプロスポーツ選手のように
試合に勝ったり好成績をあげると多額の収入を得られる仕組みなどは、
そこからも貧富の格差が生じているとしても、
誰も否定しようがなく、
それを言うなら映画俳優やテレビタレントやベストセラー作家なども
その類いだし、
彼らの労働によって作り出されるものが、
高収益を上げられる魅力的な商品なのだから、
そのような商品の販売を禁止することはできないわけで、
そういう次元での金儲けのやり方に制限や歯止めなどかかるわけがなく、
なんらかの競争に勝ち上がった一握りの成功者とは無縁の、
魅力のない低賃金労働を強いられている人たちは、
そんな仕事をしている時点で
すでに社会的に差別されているわけだ。

また高収入を得られる人たちは、
自分の子供たちの教育に金をかけられるから、
その子供たちも高学歴になって
高収入を得られる職に就きやすくなり、
財産の相続も含めて
子供の代になるとさらに貧富の格差が大きくなる可能性があり、
戦争のない平和な時代が続き、
社会が安定してくると、
社会に富裕層から貧困層までの階層構造が生じて、
経済的な不平等が増大してくるわけだ。
そのような格差社会が生じている原因を、
政府の政策のせいにするのは少し無理があるのかもしれず、
昨今はなにかと言うと
新自由主義的な経済政策がやり玉に挙げられるわけだが、
それは原因と結果を取り違えているのかもしれず、
格差社会となった結果として、
政府のやっていることが新自由主義的な経済政策になっているわけで、
新自由主義的な経済政策を推し進めた結果として、
格差社会となっているわけではないのかもしれない。
社会の中心を担っている人たちが高収入だとすれば、
その子孫たちも高収入を得て社会の中心を担うこととなり、
中心的な立場を担う役割の世襲化が進んで、
高収入の有名人や著名人の子や孫たちの発言力が強くなって、
そのような人たちが社会全体を牛耳ることとなるのかもしれない。
社会の現状はそうなっているのだろうか。
そうなりつつあるわけか。
この先何らかの変動によって下克上がなければ、
さらなる経済格差の進展によって
社会的な身分の固定化が進むのだろうか。
たぶん物や情報や労働の売り買いという
社会の基本的なルールが崩壊しない限りは、
そうなる可能性が高いのかもしれないが、
その一方で社会の基本的なルールが崩壊する可能性もあるのかもしれず、
もしかしたらそれは
高収益をあげる商品の魅力がなくなっていく可能性なのではないか。
具体的にはメディア一般が提供する娯楽に
興味がなくなっていく可能性であり、
それらがつまらなく感じられると興味がなくなり、
興味がなくなってくると関心がなくなってきて、
人々の関心を買わなくなってきたものは廃れる傾向にあり、
結局生活必需品以外の商品は、
興味を引かず関心を持てなければ買わないし、
買わなければ売れないから、
売れない商品は世の中から消えてゆき、
その商品を売ることで生計を立ててきた人たちも、
廃業したり転職しなければならなくなるわけで、
そういう贅沢品と言われる生活必需品以外の商品が、
今までは高収益を上げてきて商品だったはずで、
逆に生活必需品はどんどん安くなって、
利益が出にくくなる傾向にあったのではないか。
そして利益が出なくても人が生活していくのに欠かせなければ、
生産し提供して行かなければならず、
最悪の場合は配給制にしてでも提供するようになれば、
結局は必要なだけ生産して
必要なだけ消費するようになるしかなく、
そうなってしまうと
もはや物や情報や労働の
金銭を介した売り買いのルールが崩壊するだろう。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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