文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.8.9 「楽観論」

2015/08/09

まるで自動車工場の産業用機械のように、
決められた動作しかできない。
果たして人はそれに当てはまるだろうか。
使い古された言葉を使いながら、
何かを説明しようとしているのかもしれないが、
現実との間にズレが生じている。
その認識のズレに
言葉を使っている当人たちは気づいているのだろうか。
気づいていたらそんな言葉は使わないか。
では使うとしたら
どんな言葉を使って説明すればいいのだろうか。
例えば新しい造語とその使い方を発明しないと、
現実をうまく説明できないだろうか。
たぶんそうではない。
使い古された紋切り型の言葉を使わないと、
誰もまともに説明を理解してくれないのだろう。
そして別に説明が現実からずれていてもかまわないわけで、
逆にずれていないと現実を理解できないわけだ。
ずれた説明によるずれた理解でないと、
人々は説明に納得できない。
だからそのようなずれた説明が世の中に行き渡って、
人々はずれた理解で納得する。
それが大衆メディア社会の特性だろうか。
しかし具体的に何がずれているというのか。
たぶん何かがずれているのだろうが、
それが人々にはわからないということか。
だが誰にもわかりようがなければ、
ずれているかどうかもわかりようがなく、
その説明で誰もが納得するなら、
別にずれているわけではないとも言えるのではないか。
ところで何を根拠にずれていると説明するつもりだったのか。
そもそもそれを示せなければ、
説明がずれているとする説明が成り立たないはずだが、
それはいったいなんなのだろうか。
例えば紋切り型の言葉を使った説明とはどんな内容なのか。
その内容を示せなければ、
説明にすらならないのかもしれない。
たぶんそれでかまわないのだ。
説明にすらならなくてもかまわないのであり、
そんなことは説明しなくてもかまわない。
何がずれていようと誰の知ったことではなく、
誰も知りはしないのだから、
本当は何もずれていないのかもしれない。
ずれていなくてもかまわないのであり、
それを説明しなくてもかまわない。
たぶん何もずれていないのだ。
安保法案は戦争法案であり、
現政権がやっていることはファシズムなのだ。
アメリカのいいなりになって
日本は危険な戦争に向かって突き進んでいて、
平和憲法も改正されて、
このままでは軍国主義国家となってしまう。
また派遣法も改正されて、
一生正社員になれない低賃金労働を強いられる若者が続出して、
TPPによって日本の農業は壊滅し、
国民皆保険制度も崩れ、
大企業に国が支配されてしまう。
人々はそんな説明で納得するだろうか。
それは人によっても社会的な立場によって異なるだろうか。
誰もが納得するわけではないだろうが、
現政権のやり方に反対している人たちなら、
概ねそんな内容となってしまうのかもしれない。

別にそれの何が間違っているわけでもないが、
少なくともそれだけではないのだろう。
ただそれだけではないのなら、
他に何があるのかということだ。
それがうまく説明できないのだろう。
そしてそのうまく説明できない内容が重要となってくるのだろうか。
説明しなくてもかまわないのであり、
説明しようとしてもうまく説明できないのだから、
説明しようがないのではないか。
あえて間違ったことを言うなら、
もう政治では何も変えられないということだろうか。
というか昔からそうだったのであり、
それは今に始まったことではないと言えば、
誰も納得しがたいだろうが、
そうとしか言えないことなのではないか。
世の中は人々が願っているようにしか変わらないと言えば、
さらに納得できないだろうし、
やはり間違っていると言えるのかもしれないが、
あえてそう言うしかないわけで、
世界は戦争をしない方向へと向かっているのだろうし、
無理に働かなくても済むような方向へと向かっているのだろう。
もちろん今後大規模な戦争が起こるかもしれないし、
多くの人たちが不快な労働に苛まれるだろうが、
それらの嫌な行為を回避する努力は絶え間なく試みられるだろうし、
実際に回避されるようになるのではないか。
人々がそう願っている限りは、
そのような試みがやむことはないだろう。
そしてそれは政治によって行われるのではなく、
政治が形骸化することによって可能となるのではないか。
政治が形骸化するとは、
政治による人々への強制が弱まることであり、
行政機構による国家統治も形骸化することであり、
法律による支配が弱まることでもあり、
治安機関による取り締まりも弱まることでもある。
何も強制しなくても済んでしまうような世の中になるかもしれず、
暴力によって富や人命を奪う行為も
徐々になくなって行くのかもしれない。
富自体の価値が無効となるのかもしれず、
資産が無価値となるのかもしれないし、
金銭を貯め込まなくても暮らして行けるようになるのではないか。
そんなことは現状ではあり得ないだろうか。
たぶん現状の延長上ではあり得ないだろうし、
ただのご都合主義的な妄想であり
いい加減な願望でしかない。
何よりも筋の通った説明ではないし、
何の根拠もなく荒唐無稽で間違っているわけだ。
でもそうなった方が楽だと思うなら、
そういう方向へと世の中の趨勢が向かっていくはずで、
それはこれまでもそうだったし、
これからもそうなるだろう。
人は楽に生きて行きたいのであり、
できれば苦労はしたくないし、
社会的な存在として理不尽は扱いは受けたくない。
他人から差別されるのも嫌だし、
他人を差別するのも気まずいなら、
差別しないようにするだろうし、
持っている資産の多い少ないで
待遇が異なるのは良くないと思うなら、
なるべくそういうことはやめようとするだろう。
要するに理想主義者の言い分が正しいと思うなら、
できるだけそうなるようにしようとするのではないか。
もちろんそうしたくてもそうならないような
様々な障壁や障害があるから、
現状の中で人々の不満が渦巻いているわけだが、
一方で不満の原因となっているそれらを
取り除こうとしているわけで、
そのような努力が続けられている限りは、
世の中は良い方向へと向かっていると言えるのではないか。
そう述べても誰も納得しがたいだろうし、
そんなことはあり得ないとも思うだろうが、
あえて楽観的にそう述べるしかない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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