文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2015.8.8 「戦争の虚構」

2015/08/09

しかし時代的な閉塞感とはなんなのか。
現状がそうなのだろうか。
それに関して何か気づいていないことがあるのかもしれないが、
それに気づくのは無理だろうか。
何が正しいとも何が間違っているとも言えないわけではない。
ともかく食っていくことができなければ生きてはいけないわけで、
働いて金を稼いで食っていけたら、
それで一応は人並みの生活ができるのかもしれない。
無論それだけで満足できる人は少ないわけで、
何か勝手なことをやりたいのが本音なのではないか。
そしてその勝手なことというのが、
人によって違うわけで、
やりたいことも違ってくるわけだ。
しかもやりたいことができずに、
不満がたまっている人が大勢いて、
そんな人たちが成功者を妬み、
ひねくれてお互いに足の引っ張り合いをしているのが、
世の中の実情だろうか。
人を否定的に語るとそうなってしまうだろうか。
たぶんたとえ世間的に成功しなくても、
そうならないようにしなければいけないのだろう。
成功してもしなくても、
やりたいことができてもできなくても、
やれる範囲内でやろうとするしかないわけで、
それが実際にやっていることの全てなのかもしれない。
そしてそれが全てである現実に納得できない人が大勢いる。
世の中の不幸の原因はそこにあるのだろうか。
しかし自分の現状に納得できる人がどれほどいるのだろうか。
誰も納得してないのかもしれず、
理想と現実の落差に苦しんでいる人がほとんどなのかもしれない。
結局誰もが苦しみながら生きているのであって、
苦しみに耐えながら必死でできることをやっているわけか。
そしてそんなことをいくら語ってもらちがあかず、
現状でやっていることを続けるか、
やめて別のことをやるのか、
その選択の余地が果たしてあるのかないのか、
様々な事情や経緯からそれをやっていたり、
あるいはやめてみたりしながら、
なんとか生きているのが現状だろうか。
中には嫌になって死んでしまう人もいるわけだが、
生きようが死のうがそれを勝手に選択できるわけにもいかず、
生きたくても生きられなかったり、
死にたくても死ねなかったりする成り行きもあるわけで、
何をやろうとやめようと、
生きようと死のうと、
どちらかの状態になるだけで、
当人がどのような運命になろうと、
関わり合いのない人にはどうでもいいことかもしれない。
国の現状も世界の現状も、
それと大して変わらないだろうか。
人と国と世界が同じというわけではないが、
そんなふうに語りたい人はいくらでもいて、
それで何かもっともらしいように感じられてしまうところが、
錯覚なのか真実なのかわからないが、
国と国とが対立したり足の引っ張り合いをしたり、
そんなふうに語っている現実があるわけで、
そう語られている内容がフィクションなのだろうか。

国自体が何か思っているわけではなく、
実際に対立しているのはその国の政治家や国民などだろうか。
実情としては国内に対立を煽っている人がいて、
その人に同調している人たちが、
他国と対立しているしているように思い込んでいるわけだ。
それが領土紛争や経済摩擦や戦争ともなれば、
現実に対立していることになるだろうが、
だからといって国民同士がいがみ合う必要はないわけで、
住んでいるのは同じ人間なのだから、
やっていることも似たようなことであり、
社会構造も大して違わないのだろうから、
結局そこで暮らしている人々は、
現状でやれる範囲内のことをやっているわけだ。
そう考えると対立する必然性が消えてしまうわけだが、
そこに国家が介在してくると、
何か対立を煽ることが
国家として利益になるような錯覚なのか真実なのかはわからないが、
とにかく対立したがることは確かで、
国家同士で経済や軍事やスポーツなどで
競い合うような成り行きに持っていきたい思惑の人がいるのだろうか。
それが国威発揚といわれる概念なのかもしれないが、
そうすることが徳になる具体的な効用とはなんなのか。
それはやはりそちらに目を向けさせることで
国内の不満分子を押さえ込む目的でもあるのだろうか。
失政から国民の目を背けさせるために、
国威発揚的に外国との対立を煽って見せるのだろうか。
では国内の政治がうまくいっていれば、
何も対立を煽ることもなく、
外国とも友好関係を維持していけるのだろうか。
これまでの経緯からすると、
国内だけでは経済が必ず行き詰まり、
あるいは貧富の格差が鮮明となって、
国民の中に不満分子が多くなってくると、
外国へ軍事的な侵略を開始したり、
あるいは貧困層を移民として外国へ追い出したりして、
それでなんとか国政の安定化を図ってきたわけだが、
すでに世界的に開拓地や侵略地がなくなってきたので、
そういう逃げ方はなかなかあからさまにはやれなくなってきたわけで、
実際に軍事侵攻や移民として追い出すことが形骸化した姿として、
ただ対立を煽ることでごまかそうとしているだけなのかもしれず、
もはやそれぐらいしかできなくなってきたわけだ。
もちろんそれはごまかしでしかなく、
根本的な解決からは程遠いから、
国民の間に閉塞感が蔓延しがちになっているのではないか。
そしてそのごまかしの一環として
今国会で議論されている安保法制などもあるわけだが、
いくら法整備をやって軍事力を誇示してみせても、
その軍事力を使う先がだんだんなくなってきているわけで、
紛争地帯でも現地の軍隊で間に合わせようとする傾向があり、
わざわざ日本から出かけて行こうとしても、
断られてしまう可能性もあり、
かといって対立を煽っている韓国や中国と
実際に戦争を行う可能性があるかといえば、
お互いに領有を主張している竹島や尖閣諸島程度では、
小規模な軍事衝突に発展する可能性はないとは言えないが、
それが全面戦争に発展するとなると、
昔のように世界各国が植民地獲得競争などをやっているわけではないので、
お互いの本土深くまで軍事侵攻する理由が見つからないのではないか。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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